【Fami Mail】 特別寄稿連載  
 
ケンブリッジ大学留学記
英語嫌いのケンブリッジ留学
*目次* *写真集*
ケンブリッジ大学Engineering Department
Master of Scienceコース
嶽 浩一郎(だけ こういちろう)
著者HP>1,2,3でTOEFL脱出イギリス行
 第一回 ケンブリッジという大学都市

■はじめに

 はじめまして。ケンブリッジから留学記をお届けしたいと思います。
これまで連載されていた方々とは異なり、家族(妻と娘二人)を連れての留学、企業派遣での留学、という点で、趣を異にするのではないでしょうか。

 現在、ケンブリッジ大学のEngineering DepartmentでMaster of Scienceのコースに在籍していますが、Ph.D.のコースに変更しようと画策しているところです。日本語でいえば、工学部の修士課程に在籍しているけど、博士課程に変更しようとしている、ということです。

 コース選びについては、すでに自分のサイト(http://vita.ciao.jp/stoop/)で詳しく説明しているので、そちらを参照してもらえればいいかなと思います。渡航前に得た情報や体験記、すなわち、英語学習(主にTOEFL),出願方法,渡航準備についても、同サイトに掲載しています。タイトルの「英語嫌い」についても、サイトにアクセスしていただければその理由がわかっていただけるかと思います。

 ということで、ここでは主に渡航後、そして家族が一緒だからこそ得られた体験などをお話しできればと考えています。今回は第一回ということで、ケンブリッジの街,大学,そしてカリキュラムについて簡単に紹介したいと思います。

■州都ケンブリッジ

 まず、街についてですが、実は私も恥ずかしながら、「ケンブリッジ大学では自分の専門に関する国際的評価が高い」ということ以外、ケンブリッジという都市があるのかないのかも知りませんでした。

 ご存知の方も多いでしょうが、ケンブリッジはロンドンから電車でほぼ北へ約1時間行った所にある、人口約10万人のケンブリッジシャー州都です。
ただ、州都といっても、こぢんまりとした佇まいで、街中心から車で5分も行けば、牧場や平原が広がっているような田舎町です。

 ケンブリッジを含むロンドンの北東部は、7世紀に成立した七王国の一つイーストアングリア王国にちなみ、その名のとおりイーストアングリアと呼ばれ、17世紀頃の古い街並みの残る素敵な地方として有名です。
日本からの観光という意味では湖水地方やコッツウォルズほどメジャーというわけではありませんが、旅行通に言わせれば、是非訪れるべき地方だそうです。

 とはいえ、気軽に旅行できるわけではありませんので、イーストアングリアの田園風景を忠実に再現しているといわれるコンスタブルの絵画を機会があれば鑑賞してみてください(コンスタブルはターナーと並び称され印象派のさきがけともいわれる画家です)。

■ケンブリッジ大学

 さて、ケンブリッジは、なんといっても大学名で世界中にその名を知られています。
アメリカのマサチューセッツ州にもケンブリッジという地名がありますが、これはそこにあるハーバード大学の創始者(正確には支援者)であるジョン・ハーバードが英国ケンブリッジ大学出身であることに因るのだそうです。理由は様々でしょうが、アメリカにはケンブリッジと名の付く地名が他にも結構あるそうです。

 ちなみに、本家ケンブリッジの由来について、一部の観光ガイドには、「カム川(River cam)にかかる橋」ということで、Cambridgeと名付けられたと書いてあるようです。しかし、どうやら、ローマ時代についた「砦」という意を持つ地名がノルマンの影響を受けて、最終的にケンブリッジとなったという説が有力のようです。パンティング観光で有名なカム川は、逆にケンブリッジという地名から名付けられたということでしょう。

 そこで、他の卒業者に目を移してみると、チャールズ皇太子(実力ではないという噂ですが)をはじめとする王室関係、バイロンやラッセルなどの文学者・哲学者、英国歴代首相やインド初代首相ネールなどの政治家、ニュートン、ダーウィン、ラザフォード、マックスウェル、最近ではホーキングといった科学者など、多彩で華麗な名前を連ねることができます。

 そもそも、ケンブリッジ大学の歴史は、13世紀初めにオックスフォード大の学生たちが、大学と町(ガウンとタウン)の争いを避けて新しい学問の地を求めたことに端を発すると言われています。そして、1284年に最初のカレッジ(コレッジとも呼ばれる)であるピーターハウスがイーリー大司教により創設されます。

写真をクリックすると大きくなります↓
 
 
 
 
 

■カレッジ制度

 その後、ヘンリー6世やその妻マーガレットらの補助を受けて、次々と有名なカレッジが設立されていきます。
なかでも、クリスマスには必ずBBCがそのチャペルのミサを中継するというキングスカレッジ、ヘンリー8世が創設しニュートンらを輩出したトリニティカレッジがつとに有名です。

 このカレッジ制というのは、オックスブリッジ(オックスフォードとケンブリッジ)に見られる特徴的な制度で、インペリアルカレッジのように総合大学(ロンドン大学)の一部という意味合いではなく、簡単に言うと、法学部や工学部といった縦のつながりに対して横のつながりを持たせる集まりといえばわかりやすいかと思います。

 そしてオックスブリッジでは、学部よりもむしろカレッジの方が主役だと思ってもらってよいかと思います。
学生は必ず現在31個あるカレッジのどこかに所属する必要があり、入学時も学部からの合格(正確にはBGSという取りまとめ委員会からの合格通知)とは別にカレッジからの合格(受入れOKの書類)も受け取る必要があります。
カレッジは、家族寮、独身寮、食堂、バー、ゲームコーナー、スポーツ施設、セミナー会場、試験会場、国際会議会場、など様々なファシリティを提供し、主要な事務手続きはすべてカレッジ経由で行われます。ただ、Undergraduateの学生にとっては、生活の中にカレッジが深く入り込むようですが、私のようなPostgraduateの学生は、積極的にカレッジの運営や企画に関わらない限り、その傾向はありません。

 カレッジを選ぶ際は非常に迷いましたが、理系が多いということと家族用のファシリティが充実しているらしいということで、チャーチル・カレッジを私は選びました。チャーチルとは、もちろんあのサー・ウィンストン・チャーチルのことです。女性専用のカレッジ以外は、どのカレッジにも制限はほとんどないはずですが、慣習的に、理系が多い、外国人が多い、イギリス人さらには名門校出身じゃないと入りにくい、などの特徴があるようです。


■日本人とケンブリッジ

 我がチャーチル・カレッジは、確かに理系や外国人が多い気がしますが、日本人の方々に会うことはあまりありません。
もちろん、イギリスではケンブリッジには日本人会もあり、多くの研究者やその家族の方々が暮らしているようです。

 ただし、サバティカルなどを利用して来られる客員教授や客員研究員といったビジターの立場の方が多く、ケンブリッジを拠点としている先生方はさほど多くないように感じられます。
また、日本人学生も多くいるようですが、理系でかつPostgraduateとなると数えられるほどしかいないものと思われます。
なんといっても多いのは中国や旧植民地からの留学生で、英国の現在においても発揮される影響力として見逃せないものがあります。これはいずれお話しできればと考えています。
中国からの留学生が多いおかげもあり、中国人マーケットで多くの日本食材が購入できるため、ロンドンのようにはいきませんが、驚くぐらい普通の日本食が味わえている状況です(納豆も食べられます)。

 もちろん、外食では、日本食はほとんど楽しめません。2軒ほどあるのですが、ケンブリッジはロンドンに次ぐといわれるぐらい物価の高い土地ですので、日本で当たり前のように享受していたコンビニと定食系ファストフードの恩恵が身にしみる毎日です。

■授業やコースについて

 私の受けている課程ですが、扱いはPh.Dコースとほぼ同じです。そして、アメリカの多くの大学とは違い、レポートに追われて必死の思いをするということはありません。モジュール(module)と呼ばれる授業を3つクリアすれば、後は研究をしっかりとやって学位論文を出せば修了することができます。

 また、ほとんどのモジュールは、秋学期であるMichaelmas Term(10〜12月)に始まり、冬学期であるLent Term(1〜3月)には終わってしまうので、それが過ぎてしまえば、4月から始まるEaster Termからは研究に集中できるという状況になります。

 この学期の呼び方も、ここの特徴かもしれません。とにかく、そんなわけで、7月現在、研究の真っ只中にいます。ただ、ケンブリッジの課程がそんなに楽なのかと言われると、必ずしもそうではありません。

 3モジュールとはいっても、1モジュールの中に多くの専門科目が含まれていることも多く、5つ以上の専門性の高いレポートを一週間ごとに提出しなければならない場合もありました。専門知識に関するバックグラウンドのない学生には、作成困難な課題だと思われます。無論そうならないように、合格を出す時点でスクリーニングが行われるので、実際にドロップアウトしてしまう学生などはいないようです。

 私の所属している研究室は、地震などを扱うCivil engineeringの研究室です。日本では、土木工学と言われ、今はイメージの悪さから、地球システムだの社会基盤システムだのと、意味のわからない学科名になっていたりします。

 ちなみに英国では、2002年にBBCが企画した「時代を超えた最も偉大な英国人」の視聴者投票において、土木技術者のブルネルがシェークスピア,ジョン・レノン,エリザベス1世を抑えて2位を獲得するなど(組織票もあったらしいですが)、日本よりは技術者への認知度も尊敬度も高いようです。

 現在研究室には多くの学生が在籍していますが、専門分野への誇りも日本人より強く持っている気がします。ただ、イギリスでも情報系の分野に人気は集中しているらしく、人気獲得にはどうしたらよいかといったような議論がなされているようです。

■おわりに

 とにもかくにも、このような英国と日本の違いに自然に触れられるのが、留学のもう一つの醍醐味だと思っています。さらに、先に述べたように非常に国際色豊かな環境なので、英国人の考え方に加えて、というよりむしろ英国を見る他国人の考え方を知ることができます。また、私を含め2割程度のPostgraduateの学生は家庭を持っているので、様々な国々の家族模様を知ることもできます。

 次回からは、研究如何よりも、そういったエピソードをお話ししていければと考えています。何はともあれ、これから数ヶ月間よろしくお願いいたします


2004年7月15日

つづく


著者HP>1,2,3でTOEFL脱出イギリス行

* 目 次 *
第一回ケンブリッジという大学都市 2004/7/15 
第二回イギリス英語って何? 2004/8/18 
第三回したたかなイギリス 2004/9/15 
第四回カルチャーショック 2004/10/15 
第五回日本人ってさ... 2004/11/15 
第六回いろんな中華  2004/12/15 
第七回イギリスの年末年始に思う 2005/1/17
第八回 家族を通じてのエトセトラ  2005/2/15
最終回 英国サバイバル 2005/3/15

▲ページTOPに戻る▲
(c)Copyright 2004 STOOP all rights reserved.