【Fami Mail】 vol.153 2008.11.17 <寄稿>

オバマが与えるアメリカ教育への希望

現地校教育コンサルタント「KOMET」 NY在住
高橋 純子 (たかはし・じゅんこ)

アメリカでは長く険しい道のりだった大統領選挙も終わり、民主党のオバマ氏が次期大統領に決まった。これはアメリカ国民の多くが、過去8年に渡るブッシュ政権での間違った政策と無能さにうんざりしている結果だと言っても過言ではない。国を正しい方向に戻し、イラク戦争を終結し、経済立て直しに向けて強い希望を持っている表れだろう。オバマ氏は今までブッシュ大統領に欠けていた知性と教養、広い視野、国際性、思慮深さ、適切な判断力、そしてカリスマ性という高い資質を全て兼ね備えている人物だ。 彼本人が黒人と白人のハーフということもあり、また小学校の時にインドネシアで暮らしたこともあり、様々な文化や人種の視点から物事を洞察し理解できる能力は、今だ深く人種問題を抱えるアメリカにとって貴重な財産だと言える。 彼はどのような人種であろうが階級であろうが、ひとつのアメリカとしての団結を強く訴え、私達の心を動かす。またそれを可能にできる、ただひとりの大統領になるかもしれない。この新しい大統領は、問題だらけのアメリカの教育に一体どういった影響をもたらすのであろうか。

これまでブッシュの掲げて来た”No Child Left Behind”(誰ひとり置いてきぼりのない教育)というスローガンだが、残念ながら実際のところ教育現場では何も変わらなかった。貧しい地区の公立は今だ教育の質も低く、特に黒人とヒスパニック系の生徒においては、高校の中退率は50%にも上る。白人やアジア系が勉学に励み、社会で成功をおさめる中、なぜ黒人とヒスパニック系はいつまでも勉学への熱意に欠けるのか。これは彼等の文化から来るものなのか、それとも社会の構造がそうさせているのか。これらの子供達は「どうせ勉強しても自分たちが得られる職業は限られている」と、親やコミュニティーからの無言のメッセージを受けながら育って来た。夢も希望も低いと、当然努力もしなくなる。現在私の通っているコロンビア大学の大学院でも、白人とアジア人が半分ずつ95%以上を占めている。30人のクラスとしたら、黒人とヒスパニックはせいぜいひとりいるかいないかぐらいだ。お金がないから、マイナリティーは差別を受けているから、というのは表面の理由にしかすぎない。なぜならアジア系の場合、貧しい移民の親を持った子らがたくさん入学しているからだ。特に韓国人や中国人は、親が食料品店やクリーニング屋で7日間休まず働いて、全てを子供の教育につぎこんでいる。しかし、黒人やヒスパニックにはそのような家庭環境が欠けていることが多い。ただ彼等にとって優位なのは、黒人やヒスパニックで勉強ができて毎日努力を惜しまない学生には、多くの大学、特にアイビーリーグなどから、必ずといっていいほどマイナリティー系の奨学金が与えられる。この奨学金は返さなくてもいいものだ。これで高い学費がまかなえるはずだ。しかしながら、この奨学金を受け続けるにはクラスにきちんと出席し、読むものをきちんと読みこなし、論文を書き、課題を提出し、教授から高い評価を受け続けなければならない。黒人やヒスパニックで、勉強のできる学生にとってこれはかなりのチャンスなのだが、なぜこれを適用する人が少ないのだろう。それともやはり彼等にはモチベーションが欠けていて、このような学習づけの生活は続けられないのだろうか。学業を成し遂げるには、育った家庭環境からはぐくまれる知識への価値観、そして自己管理や責任感も多いに関係する。オバマはもしかしたら、頭脳や知的好奇心だけでなく、自分への規律や厳しさをつらぬく強さをも持ち得ている人なのかもしれない。

彼の成功は教育なくしては決して語れないだろう。彼の教育は家族からの捨て身の投資だったとも言える。小学校低学年をインドネシアで過ごしたあと、彼だけハワイに戻ってからは、高校まで白人の祖父母に育てられた。 祖母は第二次世界大戦中、爆弾工場で働いていた何もないところから、必死で努力を重ね、銀行のマネージャーまで上りつめた人だ。彼女は自分の物などいっさい買わず、全てをオバマの養育と教育にあてたという。このような生い立ちでまわりに暖かく支えられ、異文化やハワイでいろいろな人種に接し、勉学に励み、立派な青年に成長した。高校卒業後、本土に渡りオクシデンタル大学入学、そしてコロンビア大学への編入。卒業後はシカゴに渡り、貧しい黒人地区でこれらの人々を助けるために、地域のオルガナイザーを続けた。この時に目の当たりにした貧困、社会の不平等などが、彼に政治への関心を目覚めさせたのかもしれない。その後ハーバード大学のロースクールに進み、法律を勉強する。また在学中は由緒ある法律大学新聞「ザ・ハーバード・ロー・レビュー」で、黒人初の編集長に選ばれる。彼は着実に知識と教養、実際の社会とその問題を鋭く観察する目を養っていったのだ。

オバマはスピーチでよく教育の話をする。「確かに社会の構造は不平等だ。しかし社会だけのせいにしてはいけない。これは個人の責任でもある。親としての責任を今一度考えなければならない。親が第一にテレビを消し、子供にビデオゲームをやめさせ、まず宿題をさせることが先決ではないか。これを怠っていては、良い教育は与えられない。教育なしには成功はありえない」と。 彼はブッシュのように特権階級の家庭にも、金持ちの家庭にも生まれなかった。ケニア人留学生だった父とカンザス州出身のティーンエイジャーだった白人の母に生まれたが、幼少の時に両親は離婚。父は国に帰り、母は貧しく、生活保護を受けて学生をやりながらハワイでオバマを育てた。またその後母親の再婚のために渡った国インドネシア在住時代は、インターナショナル・スクールに行くお金がなく、地元の学校に通わされた。母親は毎朝4時に彼をたたき起こし、登校前の3時間、アメリカの通信教育と英語の勉強を教えた。オバマの自伝”Dreams from my Father”の中で、彼はこの早朝の学習が嫌で嫌でしかたなかったが、母親から「私にとって、これがピクニックだとでも思ってるの?」と叱られたと綴っている。すでにこの時から親の教育への熱意を感じとり、自分自身への厳しさと責任感を学んでいったように思える。

オバマは貧しい生い立ちから今回アメリカ大統領に選ばれるまでの道のりを、見事に自身の努力と力で達成した。しかし彼は、これは自分だけの努力ではなく、家族に一生懸命育ててもらったこと、熱心に教育を受けさせてもらったことに感謝を表す謙虚さも忘れない。彼が大統領としてどのような教育改革を行うのか、現時点ではまだわからない。しかし、これから彼がアメリカ、特に黒人やマイナリティーの子供達に与える影響力は想像もできないほど大きいものになるに違いない。これまで「自分には無理だ」と思っていたのが、これからは「自分にもできる」に変わる。「自分も一生懸命勉強してオバマのようになりたい」という子供がアメリカ中の学校に現れるだろう。 今までは社会に世話してもらおうという怠慢な態度だった人々も、市民としての責任と義務を自覚して、彼を見習おう、彼をがっかりさせないためにも頑張ろう、という人が多数出てくるだろう。アメリカという土地は、意志と努力さえつらぬけば、なんとか道は開けるところだ。それを今回オバマ本人が実証してみせたのだ。彼が黒人やマイナリティーだけでなく、我々すべてに与えてくれる希望とインスピレーションは、実に計り知れない。

2008/11/17


<著者紹介>高橋 純子 (たかはし・じゅんこ)KOMET代表:
在米現地教育コンサルタント。京都外国語大学英米語学科卒。1990年からニューヨーク在住。ニュージャージー市立大学ESLバイリンガル教育学修士号取得。現在、コロンビア大学応用言語学博士課程在籍、セントピーターズ大学ESL講師、ニュージャージー市立大学言語学部講師。1994年よりKOMET(米国在住の日本人の子どもたちの現地教育サポート、コンサルティング業務、本部ニューヨーク)代表。米国在住日本人家族の現地適応トレーニング、学習サポート、語学・教育問題に幅広く携わる。
 
主な実績に、著書「アメリカ駐在 これで安心 子どもの教育ナビ」(時事通信社、2008年)、「現地校転入前トレーニングDVD "Hiroshi Goes to American School" 」(制作)、「お母さんのための現地校英会話」 (執筆)、1998年より読売新聞アメリカ版にてコラム「現地校悩み相談」(執筆)、現在NYの日本語新聞「週間NY生活」「ジャピオン」にてコラム「現地校なんでも相談」「お母さんの現地校でひとこと!」連載中。


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