【Fami Mail】 特別寄稿連載 帰国子女子育て記



帰国子女となった子供と共に歩んだ15年

目次                                          海外赴任アドバイザー
        
 黒川 美佐子 
(英国4年半・中国1年半在住経験)

著者HP>海外帰国子女受験体験記
第4回 英国生活ー子育てを通して自分の世界を広げよう!

 あの頃のクラスメート達は、今・・


 長男が通っていた英国の私立学校のパブリックスクールは、10歳から大学入学までの生徒が在籍する学校でした。卒業生の3分の1は、オックスブリッジに進学という実績を誇っていました。生徒達は、スポーツや音楽などを楽しみながら、目的の大学へ悠々と進学していきます。

 今、7月生まれで高3の長男も、英国では早生まれとなり、一学年上のクラスに在籍していましたから、その当時の同級生達は、早、大学進学!

 「あのラグビーが上手だった○○は、オックスフォード大学に、進学決めたらしいよ。○○は、ケンブリッジ大学だって。運転免許も取って、自分の車も持っているんだって。日本には、大学受験があるから仕方ないけれど、俺も、受験が終わったら、やりたいこと一杯あるなあ〜!」

 こう語る息子は、やっぱり、羨ましそう。やっぱり、つい思ってしまうようです。どうしてこんなに、『受験勉強一色の自分』と違うのだろう、って・・

 日本では当たり前のことですが、首都圏の高校生は高3ともなると、毎日毎日、学校と予備校通い。たいていの場合は、高2で部活も引退。体育の授業数も減り、ひたすら「大学受験」に向けて勉強しなければならない、日本の窮屈な受験システムの中にどっぷり漬かってしまっている息子や私達、親からしてみれば、芸術やスポーツをこなしながら余裕を持って大学に進学していく英国の若者達の姿は、本当に羨ましい限りです。


 
豪華な講師陣


 帰国して数年経った時、長男が、ふと、こう呟いたことがあります。

 「あの学校での生活は、夢、だった気がするよ。」

 当時、学校内は、学年、能力別、目的別に、7つほど、オーケストラやウインドバンドがありました。音楽のスカラシップをいただき、このパブリックスクールに進学した長男は、音楽の楽しみを全身で感じていたと思います。

 室内楽の練習、オーケストラの練習、ミュージカルに向けての練習、など昼休みや放課後はいつも音楽の予定で一杯。例えば、ミュージカルを公演する、と決まると、その脚本、音楽、演出は、全て学校の先生が行い、学年を問わず、選ばれたキャスト、オーケストラの演奏者が、その先生方のご指導の下、練習を重ね、作品を作り上げていきます。能力のある先生について貴重な体験をすることができた、本当に充実した日々でした。

 また、時には、世界的に有名な演奏家を呼んでのコンサートや、マスタークラスが開催されたり、と、音楽大学並みにイベントがありました。

 先生方もそれぞれ、夢や希望を持ちつつ、生徒達の指導をしていました。ミュージカルは、学校内のみならず、王立音楽大学内のオーケストラピットのあるホールで公演する機会もありましたし、欧州各地に演奏旅行に出かけたり、日本の姉妹校の協力もあって、日本公演まで行ったほどでした。当時のこの学校のミュージックデパートメントは、本当に活気に満ち溢れ、すばらしかったです。

 その学校の先生の多くは、オックスブリッジを卒業された方々でした。博士号をお持ちの先生や、個性溢れる先生が多く、それは、まるでハリーポッターの世界でした。
語学専門の先生が、実は音楽大学のピアノ科も卒業されていて、息子のために難しい伴奏を引き受けて下さったり、シューマンの弦楽四重奏曲をご指導いただいたり、と、その思い出はつきません。

 設備のよさ、生徒の素材のよさ、だけではなく、先生方の見聞の広さ、能力の高さ、それが、長い伝統を誇るパブリックスクールの活力の源になっているのは、明らかなことです。


 
健全な学校経営


 学校経営の点からも、日本とは異なると思われる点が数多くありました。

 この学校は地域に大きなショッピングセンターを持っていました。ショッピングセンターからの収益を運営するファンデーションが機能し、その収益を核に、普通だったら、パブリックスクールとは縁のない生活をしている家庭の子供でも、学力さえあれば、学費援助を受けながら、私立学校に通うことを可能にしていました。

 学校内には、学校に関係した老人ホームもあり、生徒達は、時々慰問に訪れていました。学校が企画する語学留学やスポーツや音楽での国外遠征の際には、大なり小なり、そのファンデーションからの補助がありました。

 もちろん学校自身も、そのファンデーションに頼るだけではなく収入を得ることに、日々、努力していました。子供が参加するステージがあれば、それを見に来た親や親戚や友人達は、当然のように、学校に寄付をします。

 教科書は、どうでしょうか。

 学校の教材・参考書は、学校から支給されます。先輩が使用した教科書を、カバーをかけて大切に扱い、皆で何年も使用します。日本では、義務教育期間であれば、学校では全く使用しない教科書でも、生徒全員に一部ずつ配布されますが、これは無駄ではないか?と、思ってしまいます。実は、この配布される教科書の処分に困っています。折り目もついていない教科書を、ゴミにするのは、リサイクルにするにしても良心が咎めます。受け取りを拒否することはできないものか?と、真剣に思ってしまいます。

 国と学校の関わりは、どうでしょうか。

 戦争の犠牲となった卒業生の慰霊碑が、学校の正面入り口近くにありました。勇敢に闘って、国のために犠牲となった若者達の魂は、今も、学校で、しっかりと供養され続けています。

 長男がパブリックスクールに入学して、学校生活を順調にこなし始めた頃、英国に到着してからずっと緊張していた糸が緩んで、初めてホッとした私。


 さて。

 学校など子供達の生活が軌道に乗ったら、今度は、主婦である私達も小さな楽しみを見つけて暮らしてみませんか?


  
英国で自分自身の楽しみを見つける


 英国在住の楽しみは、趣味の知識と見聞を深めることができることだと思います。

 この写真は、ゴルフ発祥の地セントアンドリュースで、パターゴルフを楽しんだ時のものです。
小さな子供も一緒に楽しむことができます。実際のコース自体も、休日には、市民の散歩コースとなっています。コース内を犬が散歩している風景を見た時には、本当に驚きました。

 ガーデニングでしたら、チェルシーフラワーショーを見学してみたり、英国王立園芸協会のセミナーに参加してみたり、育苗家を訪ねてみたり。英国の初夏の爽やかな気候の中、友人宅の綺麗に手入れされた庭を見せていただくのも良いですし、小さなビレッジのガーデングッズを販売しているお店で、一人で静かに、ティーとクッキーをいただくのもまた良いものです。

 音楽もそうです。欧州各地で夏に開催される国際コンクールやマスターコースを見学して、世界のレベルを知るのも良いですし、地域単位で予定されているサマーアクティビティーのコースで、英国人の生活に根付いている音楽に親しむのも良いでしょう。


 
ヴァイオリンを買おう!と思ったこと


 私の場合、英国での大きな出来事の一つに、子供のためのヴァイオリンを買おう!と思ったことを挙げることができます。素敵なヴァイオリンが欲しい!長男に弾かせてみたい!という思いのおかげで、いろいろな方と出会い、興味深いことを見聞きすることができました。

 数軒の楽器屋さんを回るうちに、小さなビレッジで小さな弦楽器店を経営する楽器製作者と出会いました。この方に、ロンドンの楽器屋さんから借りて、購入も考えて、試し弾きをしているヴァイオリンを見てもらったことがあります。

 その店主は、ボディー全体をコンコンと叩いてみたあと、奇妙な道具を取り出してきて、それを、楽器のボディーの中に入れて、中をチェックし始めました。

 「ほら、みてごらん。ここに修理の跡があるよ。」

 これは、傷一つない健康なヴァイオリンですよ、とロンドンの大きな弦楽器ショップの店員さんが言った言葉は、真っ赤なうそでした。

 その他にも、ヴァイオリンの世界も偽物が横行していること、ラベル表示は信用してはいけないこと、お金のために偽物だけを作っている心無い製作者もいること、その多くを、日本人が購入していくことなど、ウラ話と思えるようなことまで教えてくれました。


 
ヴァイオリンを買った!


 写真の楽器は、長男のために買ったフランス製のヴァイオリンです。ロンドンの老舗で買いました。イタリア製のような瞬間の煌きがある個性的な音ではありませんが、ふくよかでまろやかな深みがある音色です。

 買うまでに何件ヴァイオリンショップを訪ね歩いて試し弾きをさせていただいたことか。友人のヴァイオリン奏者が、一緒に付き合ってくれました。息子が弾いても差がわからないところは、彼女が試し弾きをしてくれました。買うまでに、100提以上の音色を試した気がします。

 奏者の体型や弾き方に合っているヴァイオリンと、そのヴァイオリンとバランスの良い弓。通常、ヴァイオリン本体の10分の1がヴァイオリンの弓の適正価格だと言われています。弓も弓専門店を数件回り、同じブランドのものでも、製作された時代によって、その品質が全然違うことや、弓のよしあしの見分け方など、事細かに教えていただきました。

 楽器が健康、というのは、購入する時の大きなポイントです。特に、気候の違う日本に楽器を持ち帰るわけですから、できるだけ修理されていない楽器が良いと思います。これまで100年以上、欧州で良いコンディションに保たれ、演奏家や愛好家に大切に使われていただろうこの写真の楽器ですが、帰国時に、日本に連れて帰ってしまいました。それが、ヴァイオリンにとって良かったのかどうかは、わかりません。でも、大変健康な楽器なので、日本の気候にも耐えてくれています。

 英国でヴァイオリンを購入した時に感じたのは、店主さんのお人柄や考え方により、そのお店に集まっている楽器の性質も決まる、ということでした。高いもの、例えば、オークションで競り落としたものだけに興味を持ち販売している店主さんもいらっしゃいます。かと思えば、自分の足で作家の元に赴き、作家の顔を見て人柄を知った上で、買い付けてくる店主さんもいらっしゃいます。

 知れば知るほど、面白い世界だなあ〜と思ったものです。その後、帰国してのち、次男のチェロを買った時にも、私のこだわりのため、楽器選びには苦労しましたが、良い楽器商に出会え、満足の行くものを手にすることができました。自分がどのレベルの楽器を手にした時に幸せを感じるか、というのを知ることができたのも、その収穫の一つと言えるかもしれません。

 右も左もわからない英国で、私が行動を起こすためには、いつも、今何かをせざるを得ない、という大きな力、が必要でした。そのエネルギーの全ては、子供のために何かしてあげたい、子供のために何かが欲しい、という思いを持つことから始まりました。もし、私に子供がいなかったら、英国でも、ただ単に静かに暮らしていたかもしれません。でも、きっと、こんなに思い出深い海外生活には、ならなったことでしょう。

 何をするにもそうですが、経済的には妥協をせざるを得なくても、できるだけの努力をして、思い描く理想のレベルは落とさない。そうやって、勉強しながら、知識を蓄えながら、我慢と辛抱をしながら、少しずつ前に進んでいく・・・これが、英国での子育てを通して学んだことでした。



                                      2005年 7月15日

                                               つづく


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