スピーチセラピスト (カリフォルニア在住13年)
鑓溝(やりみぞ)純子

第2回  用語を覚えてプロ気分

 

 

 IDEAFAPELREを考慮して、SLSOTなどのDISの時間は、SLPOTRらと相談の上、次回のIEPミーティングで決めましょう。」

 こんな事をいきなり言われたら、「なんのこっちゃ??」と思うでしょうね。

 英語はとにかく何でもイニシャル化してしまうのが好きです。文書やEメールでよく見かける“ASAP”や “AKA”、 専門用語の“UNICEF”や“AIDS”に加え、最近では携帯メールなど若者の間で使われるネット用語に“OMG”、“LOL”などがあるそうです。ちなみに、“LASER”も実は頭文字コトバですよね。元の名称がわかるのは、いくつありますか?

 この「何でもイニシャル化」傾向が顕著なのは、SpEd・・・もとい、Special Education(特殊教育※1)の場も例外ではありません。頭文字コトバは、慣れてしまえば簡単だし、なんとなくプロっぽく聞こえるのも事実です。しかし、意味がわからない人にとっては、こんな暗号めいた用語を濫用されたら、迷惑ですよね。今回は、これらの頭文字コトバを解読しながら、SpEdプログラムの種類をご紹介しようと思います。

 

 IDEAのアイデア・思想

 アメリカにはIDEA (Individuals with Disabilities Education Act) という障害児教育法があり、3才から成人とみなされる21才の終わりまで、特殊教育・生活支援を受ける権利が保障されています。義務教育期間内に限らず、学校→社会生活の転機も含め、長期的に支援しようというスタンスなのです。

 さて、このIDEAには、特殊なニーズのある児童が学校教育を受けるにあたって、いかにGenEd (GeneralEducation/一般教育)のカリキュラムにアクセスできるように支援するか、という思想が掲げられています。この思想を基に、対象児とその保護者には以下の2つの主な権利が保障されています。

その1) FAPE(Free and Appropriate Education) =無償かつ適切な教育=
 『児童がGenEdに参加するのに必要な支援を無償で提供しよう』の精神。

 「無償の支援」とは、公立学校教育を指し、家族に金銭的な負担はかかりません。しかし、次の「適切」というのはどうでしょう。子供によってそれぞれニーズも違うし、適切の基準も違う。親が思う我が子にとっての「適切」と、学校側の「適切」とはまた違う。ここで両者の意見が別れると、「無償」も「どこまで無償?」という話になります。稀なケースですが、公立学校に子供のニーズに見合うプログラムがない場合、「適切」とみなされたプライベートのプログラムの費用を公立学校区(教育委員会※2)が負担するという場合もあります。我が校でも先日、保護者側から学校で音楽セラピーとヨガをしてほしいとの要請がありました。しかし、その必要性は認められず、要望は通らなかったようです。

その2 LRE(Least Restrictive Environment) =最低限に制限された環境=
 『児童がGenEdから離れている時間を最低限にとどめよう』の精神。

 逆に言えば、一般教育の場にいる時間・通常学級の児童と一緒にいる時間をできるだけ多く取ろうということ。通常学級を離れて特殊教育のプログラムに参加している時間は、基本的に一般教育の場から離れている時間とみなされます。したがって、「制限された環境」ということのようです。

 

  SpEdプログラム

 では、SpEdの主なプログラムをrestriction(制限)の少ない順番にご紹介します。

1)SLS (Speech and Language Services)
 
アメリカでは、SLP (Speech Language Pathologist/言語聴覚士)を各公立学校に配置することが義務付けられています。通級制の「ことばの教室」(言語障害学級)が地域に数校あるだけという日本の現状と、大きく違う点ではないでしょうか。実際は、学校区にいるSLPの人数より学校数の方が多いので、兼任の場合が多いのですが。多くの場合、生徒らは週1〜2回スピーチレッスンを受けています。
  余談ですが、SLSは、「え?スピーチセラピーって特殊教育の一部なの?」と保護者やGenEdの先生に驚かれることがあるくらい、特殊教育だという周囲の認識が良くも悪くも薄いプログラムです。「スピーチセラピーが特殊教育なら・・・」と特殊教育という言葉の持つ一種の「重さ」を和らげるクッション的存在になることもあるようです。

2) RSP(Resource Specialist Program)
 
大雑把に言うと、SLSが主に会話コミュニケーションが苦手な生徒が対象なのに対し、RSPは読み書き、算数・数学などの学習に困難がある生徒が対象です。もっとも、言語と学習は簡単に切り離せません。言葉の発達も学習です。また、算数も読み書きの授業も、言葉を使ったコミュニケーションです。したがって、言葉の発達の遅い子は、学習面においても困難がある場合がよくあります。RSPは、通常学級に在籍する生徒の補助クラスのような役割と言えます。生徒個人個人でプランは変わりますが、週に4〜5日、45分前後のレッスンが多いようです。

3) SDC (Special Day Class)
 
いわゆる特殊学級で、このクラスの生徒たちは1日の大半をこの教室で過ごします。しかし、LREの方針に基づき、通常学級にいくつか授業を受けに行く生徒も多くいます。通常学級には先生1人に対し20人〜30人の生徒がいるのに対し、SDCは最多でも生徒15人くらいで担任の先生以外にエイドと呼ばれる補助スタッフが1人〜5人くらいいます。SDCの種類もさまざまで、NSH(non-severely handicapped)SH(severely handicapped)といった障害の程度で区別されている場合もあれば、コミュニケーション障害学級、自閉症学級、聴覚障害学級などの各障害に応じた専門学級もあります。これは、学校区によってあるクラスとないクラスもあり、呼び方もそれぞれなので、かなりややこしいです。

 

  DIYじゃありません

  DISです。アマチュアでも自分流を楽しむDo It Yourself・・・とはむしろ逆で、資格を持った専門家によるサービスをDIS(Designated Instructional Services )と呼びます。実は、SpEdプログラムの一番に掲げたスピーチレッスン(SLS)もこれに含まれます。どうやら、学科指導を中心とするRSPSDCの補助的存在である関連プログラムという位置づけのようです。他には、OT(Occupational Therapy/作業療法)、PT(Physical Therapy/理学療法)、Vision Specialist(視覚障害スペシャリスト)、Hearing Specialist(聴覚障害スペシャリスト)、Behavior Specialist(行動障害スペシャリスト)などのサービスも含まれます。また、通常学級の体育の授業に参加が難しいキッズはAPE(Adaptive Physical Education)というそれぞれのニーズに合わせた体育の授業もあります。

 

  暗号ほぼ解読

  どうでしょう?少しカタイ話になりましたが、これで最初の 「IDEAFAPELREを・・・ウンヌンカンヌン・・・IEPミーティングで決めましょう。」の意味が、だいたいわかりますよね。最後のIEPだけは触れませんでしたが、これは長くなるので、次回お話します。とりあえずここで、一休み、一休み・・・。

 

 

※1 日本でも、平成13年頃から「特殊教育」の在り方が見直され、視点を「障害のある子」から「特別支援が必要な子」の教育に切り替え、プログラムの大幅な改革案が打ち出されました。名称も「特別支援教育」に変更され、「障害児」や「特殊」という用語は、もう使われないようです。しかし、このコラムを書くにあたっては、日本のシステムと区別するためにも、あくまで英訳の「Special=特殊」、「Education=教育」のつもりで「特殊教育」のままにしました。どうぞご了承ください。私もまだまだ勉強不足ですが、日本の改革案は、ここで説明したアメリカの現行のシステムにとても似ているようです。

※2 アメリカでは群(county)ごとに教育委員会(Office of Education)があり、その中でいくつもの学区(Unified School District/USD)に分かれています。ここではUSDを「学校区」としています。なお、Unifiedでないところもあります。

 

 

※写真をクリックすると大きくなります

私のスピーチ教室。
ここでレッスンをしている。マガタマ型のテーブルは、生徒たちが見回せて便利。等身大の鏡は、発音の練習に欠かせない。時々、校長先生も身嗜みチェックに来る。


午後の陽射しがとても気持ちいい教室。決して広いとは言えないけれど、一度に4人くらいまでのレッスンなので、これで充分。


我が校のSDCクラス。
教室の壁のいたるところに、
視覚を刺激する楽しい教材がかかっている。

2006/3/15

つづく

(c)Copyright 2006 Junko Yarimizo all rights reserved.