【Fami Mail】 特別寄稿連載  
 
ケンブリッジ大学留学記
英語嫌いのケンブリッジ留学
*目次* *写真集*
ケンブリッジ大学Engineering Department
Master of Scienceコース
嶽 浩一郎(だけ こういちろう)
著者HP>1,2,3でTOEFL脱出イギリス行
 第二回 イギリス英語って何?

 第二回は、イギリス英語について、少し話してみようかと思います。といっても、イギリスはイングランドに加えて、ウェールズ、スコットランド、そして北アイルランドを含むわけですから、イギリス英語の定義そのものも曖昧です。それに、イギリスで話されている英語について詳しく勉強したわけでもありません。というわけで、感想文程度にさらっと読み流してもらえればいいかなと思います。

■イギリス英語は簡単?

 留学するにあたり、イギリス英語というものについて、ちらっと考えたことがありました。日本の教育はアメリカ英語(米語)だし、留学生用の英語能力テストも米国発のTOEFL中心で進めたし、イギリス英語という切り口で英語を体験したことがないなぁ、イギリス英語ってどんなもんなんだ?、と。

 ただ、留学前に、会社でお世話になった部署への挨拶まわり(日本的!)をしていると「嶽さんは、じゃぁ本場のキングス・イングリッシュを学ぶんだね」とか「クイーンズ・イングリッシュは聞きやすいからいいね」とか、色々な人から「イギリス英語=聞き取り簡単」というコメントをいただくにつれ、そもそも英語など全く興味のなかった(知識のなかった)私は、「そうはいってもアメリカ英語とそんなに変わらないんじゃないの?まぁ、でも、より聞き取りやすいならラッキーだな」、などと、ぼんやりした印象だけ持っていました。

 しかし、これが大きな間違いでした。実際のイギリス英語は聞き取りにくいのです。

■BBCの英語

 かつてサンフランシスコに長期研修に行っていたときに、フラットのテレビでCNNとBBCを聴き比べてみたことがありました。その結果、確かにBBCの方が聞き取りやすかったのを覚えています(余談:BBCはweb上で多くのコンテンツを提供しているのでリスニングの勉強に役立ちます)。だから上記のように上司や先輩からコメントをもらったときも、やっぱりイギリス英語はわかりやすいんだな、と勝手に思っていました。

 ところが、英国王室,多くの政治家,BBCなどに見受けられる聞き取りやすい英語、すなわちRP(Received Pronunciation)を話すイギリス人は人口の3%以下なんだそうです。このReceivedってのは「英国上流階級に受け入れられた」という意味らしく、もともとロンドン南部(南東部?)で使われていた英語をベースにしているものの、今や正式なイギリス英語みたいな扱いを受けています。

 オックスフォードやケンブリッジ大学などという伝統名門校を扱ったような映画では、大学生を演じる俳優がRPで話しているので、チェックしてみたら面白いかもしれません。実際、大学の授業でも、英国出身の教授陣は、わかりやすい発音をする人が多いように思います。また、ここケンブリッジで一学科の教授になるためには、同大学出身ということを含め、学歴・職歴だけでなく、「育ち」なども考慮されているような印象を受けるので、自然とクイーンズ・イングリッシュ(今は女王の時代なので、”クイーンズ”なんだそうです)を話す教授が多いのかもしれません。

■イギリス英語における訛り

 ところが、実際にイギリスの学生や実験を手伝ってくれている職人さん(Technician)と話していると、そんなわかりやすい英語は、まったく登場しません。

 特にイングランド北部やスコットランド出身の人の話すセリフからは、今でも一単語聞き取るだけで精一杯です。アメリカ英語は、スコットランドやイングランド北部の方から移住した人々の言語をもとにしているという話ですが、本当かな?というぐらい、彼らの言葉は理解できません。

 ただ、北部出身者は自分の研究室において少数派なので「いやはや難しいね」とぐらい言っておけばいいのですが、まわりで大多数を占めるイングランド人の多くも「r」や「t」を抜いた発音をするので、スコットランドほどではないとはいえ、これまた聞き取るのに一苦労しています。例えば「better」は「ベッ・ァ」というカンジに聞こえます。そして、これが文章になってくると、スタッカートがついたような音と喉の奥にこもったような音の連続パターンが続き、非常に聞き取りにくくなります。

 さらに、バスの運転手さんや、業者の運送担当といったような、いわゆる地元住民と会話するときには、さらに聞き取りが困難になります。彼らは「本気でしゃべってんの?」と聞きたくなるぐらい、歯が抜けたような発音をするのです。ところが、自分には総じて同じに聞こえてしまうこれらの英語も、イングランド人に言わせれば、あいつと僕の英語は全然違うよ、なんだそうです。

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 Boltonという町がイングランド北部にありますが、そこの出身の職人に言わせれば、「おれはイングランド人であり、ランカシャー人でもある。英語なんてのは、イングランド内部だけじゃなくランカシャー内だって違う。もっといえば1マイルも北へ行けば発音なんて違うもんだし、近くの者同士なら、少し話すだけで、おまえはあの町出身だろ、と当てることができる。」なんだそうです。

 これはロンドン周辺でもよく聞く話です。日本でも、確かに大阪と神戸では同じ関西弁でも発音が違いますが、芦屋と神戸で違うか?ということを考えると、そんなに変わらない気もするので、イギリスの方がより細かく訛りが分布している印象を受けます。とにかく、高等教育によりRPを話すようになった人を除いては、話し言葉だけで出身地がかなり限定できる、ということのようです。

■イギリス人に訛り話は禁物

 しかし、この訛り(発音)の話は、外国人が嬉しがって、無頓着にイギリス人に話していいネタでもないようです。やはり、この訛りってのは、地域に加えて階級,家柄,育ち,によっても異なるため、それらを明るみに出してしまいかねないからです。

 よく労働者階級の英語、なんて表現が使われますが、これは、ブレア首相のわかりやすい英語と、日本でも大人気のベッカムの英語を比べてみると、その違いがよくわかります。ブレアは、スコットランド出身ですがエリート教育を受けてきたのでRPを上手に話すそうです。彼の演説などを聞いていると、はっきりと単語や文章を区切って話しています。それに対し、ベッカムの英語はずっと口を小さくあけて寸断なくズズズズズーッってカンジで話しています。非常に聞き取りにくいです。何年も留学している人が、ベッカムの英語はまだよくわからん、と言っていました。

 何はともあれ、イギリス人に、この訛りの話をするときは、十分に注意した方がよさそうです。特に、明らかに発音の違うイギリス人が同じ場に二人以上いる時は、訛り話はやめておいた方が無難だと思われます。

■新しい法則発見?

 私は、恥ずかしげもなく、日本人英語を話しているのですが、面白いことに、「自分にとって聞き取りにくい英語を話す人は、自分の英語も通じにくい」、という法則を発見しました。逆もまた真なり(数学的には逆ではないですが)で、聞き取りやすい英語を話す人には自分の英語が通じやすいのです。

 これまで、日本人英語が通じやすかったのは、RPを話すイギリス人、スイスフレンチを話すスイス人、ブラジル人、スリランカ人といったところで、通じにくかったのは、RPを話さないイギリス人、ポルトガル人、ギリシャ人、イスラエル人、インド人、スコットランド人などです。

 このうち、私に限らず、留学生の誰もが聞き取りにくいというのが「スコットランド英語」と「インド英語」のようです。多くの日本人にとっても、やはりスコットランドの英語は難しいと感じるようですが、インド英語はわかりやすい、という人もいます。それは、発音がカタカナ読みっぽいからだと思います。その証拠に、インド英語と似ているスリランカ人の英語の方は、私にとっても非常に聞き取りやすいです。カタカナ発音は、他の東南アジア英語にもあてはまりますよね(中国を除く)。

 ただ、インド英語は、表現しにくいのですが、スリランカよりも、なんだかニチャニチャネチャネチャした発音なのです(すいませんが、いい表現が浮かびません)。しかも強調音が少なく、同じ調子でニチャニチャネチャネチャと続くので、私にとっては聞き取りにくいのだと思います。

 インドとスリランカの英語の違いは、きっと、RPを話すイングランド人と話さないイングランド人や、ブラジル人とポルトガル人の英語の違い、と似ている気がします。つまり、一般的には似ていると言われる発音でも、日本人にとってわかりやすい英語っていうと、また別の切り口があるのだ、と。

■言語の周波数

 さて、聞き取りやすい英語を話してくれる人のうち、特にスイスフレンチの同僚の英語は、私にとって非常にわかりやすいものがあります。彼は六ヶ国語を話せるうえに他言語への理解も深いので、てっきり日本人向けに理解しやすい発音をゆっくりと話してくれているのだと思っていました。ちなみに、彼のように六ヶ国語とはいわないまでも、北欧、東欧、欧州の小国には、三言語以上(自国語、自国語に近いメジャー言語、英語のパターンが多い)を話せる人がたくさんいます。

 さて、ところがある日、彼がティースペースで話しているセリフを遠くから聞いていると、どうやら万人に同じ英語の発音で話しているようなのです。ということはつまり、彼の英語が単純に聞き取りやすいというわけです。

 その後、しばらくして、ある人から言語の周波数の違いなるものについて話を聞く機会がありました。その人によれば、あらゆる音には周波数が存在しているが、イギリス英語が多くの言語の中で最も高い領域で提供されるのに対し、日本語は最も低い周波数レベルで話されているのだそうです。

 つまり、日本人にとって、イギリス英語を聞き取るのは極めて困難なことなのだと(この場合、逆は真なりではないそうです)。その他、発声法の差異など、日本人が英語が不得意な理由には、環境だけではなく言語そのものの違いが大きいのだということを教えてくれました。

 そのときに、ふとその方の持ってきた周波数の分布を見ていて、フランス語が意外にも日本語と周波数が近いという事実を発見しました。ひょっとすると、彼の英語が聞きやすいのは、こんな要因もあるのかなと思った次第です。

■単語としてのイギリス英語

 さて、ずっと発音のことばかり書いてきましたが、最後に単語についてお話したいと思います。

 かつて高校生の頃、イギリス英語たるものが何を意味するかを知らないながら、「イギリス英語ではoftenをオフトゥン,canをカン,と発音する」と聞いて本当かな?と思ったものですが、実際にこちらへ来てイギリス人が本当にそう発音しているのを聞くと、本当だったんだ!と、小さな感動すら覚えました。

 ただ、こちらへ来て、これこそイギリス英語だなぁと思う単語は、これらではなく「Sorry」「Lovely」という2単語です。日本の英語の授業では、「Sorryなどは自分の非を認めるような言葉なので滅多に使いません」と習ってきたのに、イギリスでは誰もが言いまくりです。アメリカ英語でいうところの「Excuse me」や「Pardon」のかわりに、それはもう頻繁に使われます。

 そして「Lovely」ですが、これは「Sorry」以上によく使われる単語で、使われるシチュエーションも様々です。頻繁に使われるのは「Thank you」や「Fine」の代替語としてですが、それ以外にも「わかった、それで?」ぐらいのニュアンスで使われたり、そのまま「素敵!」といった意味で使われたりと、とにかくバーサタイルな言葉です。

 その他、アメリカ英語に比して「Should」が頻繁に使われたり「Brilliant」「Fantastic」といった単語をよく耳にしますが、とにかく「Sorry」と「Lovely」が、やはりイギリス英語の特徴的なフレーズだと思います。そして、これらに加えて「I mean .....」「depends on .....」さえ覚えておけば、英国で暮らしていけるんじゃないかと思います。もっともこれらはアメリカでも使われていると思いますが、とにかく覚えておいて損はないです。さて、例えば、実験の準備を手伝ってくれる職人さんとの会話を再現してみましょう。

  • Technician: 「浩一郎、君が頼んだ箱を用意しておいたよ」
  • Koichiro: 「Lovely!」
  • T: 「で、どの面に穴をあければいいんだい?」
  • K: 「Sorry?」
  • T: 「君はどの面に穴をあけたいのか?って聞いているんだけど」
  • K: 「depends on you」
  • T: 「えっ、どういうこと?」
  • K: 「I mean どの面でもOK」
  • T: 「了解。明日までにしておくよ。」
  • K: 「Lovely!」

ってな具合です。問題はどちらかというと、自分のセリフよりは、職人さんの英語が聞き取れるかどうか、という方にあります。恥ずかしながら、ほぼ一年が経とうというのに、いまだに聞き取りに苦労している毎日なのです。

 まぁでも、日本語とは周波数が違うからしょうがないな、とお気楽に構えて「Sorry」と「Lovely」だけでなんとかやり過ごしています。理系の会話だけなら、なんとかなるもんです。これからイギリス英語を学ぶ人も、私ほどじゃないにしろ、気楽に構えてください。

 それでは、また次回にお会いしましょう。

2004年8月18日

[目次] <第1回> 

つづく

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