【Fami Mail】 特別寄稿連載  
 
ケンブリッジ大学留学記
英語嫌いのケンブリッジ留学
*目次* *写真集*
ケンブリッジ大学Engineering Department
Master of Scienceコース
嶽 浩一郎(だけ こういちろう)
著者HP>1,2,3でTOEFL脱出イギリス行
 第三回 したたかなイギリス

 こんなタイトルをつけてしまいましたが、別にイギリスに特別な悪印象があるわけではありません。ただ、世間でよく言われるような「かつて大英帝国を誇った国も今や衰退の一途を...」なんて表現を目にすると、現実を正しく見ていないんじゃないかなぁと思ってしまうので、こんなタイトルにした次第です。皮肉好きなイギリス人は、大英帝国の衰退っていうネタをよく自虐的に使ったりしていますが、それを楽しんでいるように見えます。その余裕ぶりや態度こそ、それこそイギリス人の正しい姿であるような気がします。

 今回の投稿に「したたかさ」の具体例は書いていません。それは、日本人の感覚からいうと、単なる性格の悪さと、受け取られかねないからです。彼らは悪気というよりも、むしろ何事も自然に振舞っているように思います。ということで、今回は、周辺の話ばかり書いてしまいました。そこから、イギリス人の雰囲気、あるいは、日本(人)が取るべき姿勢などに、思いを馳せてもらえれば幸いです。

■留学生の出身国  

 私の研究室には、30人ぐらいの留学生がいます。彼らの出身国を見ていると、カナダ、オーストラリア、南アフリカ、インド、スリランカ、シンガポール、マレーシア、香港、ナイジェリア、スーダンetc.といった具合です。これらに共通するのは、おわかりのとおり「旧植民地」であるということです。そして、浅からぬ関係であった中国からの留学生の数は圧倒的で、私の所属するEngineering Departmentでは、その数たるやイギリス人に匹敵するぐらいにまでなります。

 その他にも、ブラジル、ポルトガル、メキシコ、スイス、ギリシャ、セルビア、トルコ、イラン、イスラエルetc.といったように、半植民地あるいは、植民地支配とはまったく関係のない国からの留学生もいるのですが、やはり目に付くのは、中国プラス旧植民地からの留学生です。

■ショッピングを通じた発見

 普通に生活をしていても、旧植民地をはじめ、イギリスがその他の国々とどういった付き合いをしているのかというが、少し垣間見ることができます。

 例えば、TESCOやSainsbury'sなどの大手スーパーへ行くと、多くの食材の輸出元が書いてあったりします。ヤム芋などのアフリカ系食材はもちろんですが、それ以外でもアフリカ産の商品などを非常に多く見ることができます。例えば、ジンバブエ産の農産物をよく目にしますが、ジンバブエとはどんな国だろうと少し気になってウェブで検索してみれば、南アの北というロケーションに加え、資源が豊富といった側面とともに、ジンバブエが実行してきた白人大農場の収用と、それに対するイギリス政府の対応などを知ることができます。

 また、日本のニュース番組で、EU側がトルコのEU加盟に反対しているなどというニュースを見ると、単なる民族的な問題なのかな?と思ったりしますが、こちらで多くの商品に「Made in Turkey」と書いてあるのを目にすると、その反対の背景には、トルコの安価な労働力や生産力がEUに大きな影響をもたらすのを懸念しているのが一因なんだということが実感できます。また、そこからキプロスやギリシャ、さらには東欧諸国を含めたEU加盟の諸問題に、興味はつながっていきます。

■世界史の重要性

 このように、イギリスと様々な国々の関係に思いを馳せていると、世界史をもっとちゃんとやっておけばよかった、という思いに駆られます。幸い、私は理系かつ地理選択とは言いながら、世界史が個人的にも好きだったのでよかったのですが、何にも知らないとティータイムの会話が少しつまらないものになっていたことでしょう。

 そして、世界史の中でも国際理解のために重要なのは、やはり植民地化の歴史と、現在起こっている紛争・係争への理解でしょう。もちろん、私は専門は理系ですし、特に歴史や世界情勢について多くを調べたわけではないので、偉そうに言える立場ではないのですが、既出のトルコの話にしてもオスマントルコの歴史やクルド人問題などへの理解が必要ですし、現在スーダンが直面している飢餓や内戦の話を知っているだけでも、スーダンからの学生にとっての自分への印象(つまり日本への印象)は違ってくるはずです。

 もちろん、普段の会話で、いつもそんなシリアスな話題になるわけではなく、話題を出すこと自体歓迎されるわけではないのですが、やはりイスラエルやセルビアといった国出身の人がいると、どうしてもそういう話の流れになったりする時もあります。バルフォア宣言などに絡むパレスチナに落としたイギリスの影、なんて話題になると、はっきりいって知識の少ない私にはなかなか入り込めません。不用意な発言も控えなければならないわけで、そういったときに、話題に加わるだけの知識があればなぁと常々思います。

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 本当は、その国の文化・芸術といったものへの造詣が深ければ、シリアスな話題を避けながら会話もはずませることができるはずなので、そのあたりの知識をゆっくりと増やしていきたいと思っています。

 そうそう、ポルトガルの音楽「ファド」いいですね。昨日得た知識です。

■バラ戦争

 ちょっとここだけ主題から少し話をそらしましょう。第二回で既出のランカシャー出身の職人さんと、ある時クリケットの話をしていた時のこと、少しでも世界史の知識があってよかったと思いました。

 あるときその職人さんが「ランカシャーとヨークシャーのチームが戦うときは、前者は赤いバラ、後者は白いバラをつけて戦うんだ、でも試合に負けても、俺達はかつて勝っているからね」なんて話をしてくれました。もちろん、これは、バラ戦争でランカスター家が勝利したことを指しているのですが、もし知らなかったらまったく会話になりませんよね。

 しかし、言う方も言う方です。アジアの東端の国出身の学生が、バラ戦争を知っていると思うんでしょうか?

 ただ、スイス出身の学生とはじめて話したときに「スイスといえばロマンシュ語だよね。あとレマン湖とか...」と言ったら、「どうしてそんなマイナーなこと知ってんの?日本の学校教育は恐ろしいね」なんて言っていたので、日本の学生は色々知っているに違いない、みたいな共通認識があるのかもしれません(違う...でしょうね)。

■大英帝国の復活に思う

 閑話休題、EUに加盟しながらポンドという自国通貨を使用しているイギリスは、やはり独自性というのを大事にしていると思います。自国に合うものは他国と協力しながら世界に広めて、他国の基準が強い場合は強固に自国の独自性を押し通すという姿勢でしょうか。

 そういった姿勢を見ていると、かつて「ゆりかごから墓場まで」といち早く福祉国家を目指しながら、それを一因として国力が低下していった過去より、その後に復活してきたイギリスにこそ注目すべきではないかと感じさせられます。日本にまかり通っているイギリスの印象というのは、その低下した時期にマスコミが好んで使った「大英帝国の衰退」というキーワードに支配されている気がします。

 もちろん技術分野においてもアメリカという大国の力は強大で、頭一つ抜きん出ています。しかし、だからこそ、その中でイギリスが歩んでいる道は、余計に「したたか」に見えるのです。

 理系のような分野でも、イギリスの基準が欧州内で力を持っている場合は、まずはそれを欧州基準へ、そして果ては国際基準にしてしまおうと、彼らは本気で考えています。そして、欧州内の会議などのパンフには、堂々と「イギリス(欧州)基準を国際基準へ!」と高らかに謳っています。

 それに比べて、日本の会議が、なんだかイベント的に行われているのを見ると、もう少し日本からアジア、アジアから世界へという意識を持った会議にすればいいのに、と思ってしまいます。それは何も悪いものを強引に世界標準にしてしまおうというものではなく、日本の風土や慣習にあう製品や基準をしっかりと守り、国を問わず世界の中でもすぐれた日本製品や制度の地位を国際的に高めてやろうという正当な姿勢であり手続に他なりません。

 グローバルスタンダードにあわせなければ、なんて風潮が何年か前にもマスコミから垂れ流されましたが、ちゃんちゃらおかしい話で、グローバルスタンダード(という単語もいささか変なのですが)への潮流を自らが作っていくぐらいの気概でなければならないでしょう。

■スウェーデンという国

 イギリスの独自性や影響力に注目していると、その他のEU加盟国にも個性があるのがわかります。その中でスウェーデンは、独自性という意味で、なかなか面白いなぁという印象を受けることが多い国です。

 以前、大学時代の恩師である教授から面白い話を聞く機会がありました。ある会議において、安全性に関する欧州基準の統一といった議題になったとき、「梯子」に関してある基準が提示されたのですが、スウェーデンは、「自国の木製の幅の広い梯子に変えて金属製の幅の狭い梯子を使うつもりはない」と、断固主張したそうです。

 つまり、冬季に気温の下がるスウェーデンでは、「金属製」の梯子を使えば温度も低いうえに凍り付くので「木製」が望ましく、幅についても自国人の体型にフィットする意味で設定されているものだから、より幅が狭い梯子はいくら欧州基準で認められても自国では容認できない、ということらしいです。なかなか面白いですよね。ボルボやエリクソンという大企業があることも頷けます。

 今後、欧州では、ISOなどに見られるような国際基準やEU内での欧州基準など、複数国間での基準を定めることが多くなるようです。そういう中では、総意決定まで手続や時間が必要な大国よりも、少数の精鋭で国が動かされている小国の動きに注目した方が興味深いそうです。これも推薦状を書いていただいた教授の受け売りですけど。

 確かにスウェーデンなどは大国に含まれるかもしれませんが、バルト海沿岸地域での協定も色々あるようですし、デンマークやバルト三国といった小国に注目してみるのも面白いかもしれません。

■コモンウェルス

 最後に、したたかさの象徴でもあると思われる、コモンウェルスの話をしましょう。

 この言葉を聞いてピンときた人は、歴史をしっかりと勉強した人か、イギリス通の人だと思います。1650年頃のイギリス共和政時代のこともこう呼びますが、ここでは、日本において「イギリス連邦」「英(国)連邦」と呼ばれている「英国を中心とする独立国家間のゆるやかなつながり」を意味します。1971年までは、「British」という冠がついて、定義においても「英国王に対する共通の忠誠」が謳われていたようですが、今やそれもないようです。

 日本では、なぜかこのつながりが紹介されることは少ないですが、今や世界中の50カ国以上が加盟し、世界の1/4の人口を占める大規模な連合体です。主に旧植民地によって構成され、当然のように、オーストラリア、南アフリカ、カナダ、インドなどが主要国となっています。ゆるやかな連合とはいいつつも、コモンウェルスの中では、開発途上国への援助という大テーマをはじめ、それ以外でも政治、経済、教育、輸出入、etc.で様々な援助、恩恵、それらに関する取り決めがあるようです。

 最初に述べた留学生の多さも、少なからず関連しているものと思われます。もちろん、英語が公用語あるいは準公用語として使われていることも、イギリスへの留学を容易にさせているものですが、それは自然付与的なメリットに過ぎません。スーパーマーケットの食材も、きっと深く関係しています。

 当然のごとく、コモンウェルスの中でもイギリスは最大の影響力を持っており、船長としてこの大きな船をうまく航海させているようです。かつての日英同盟などにも見られるように、イギリスは昔から、飴と鞭、主張と譲歩を使い分け、(自国の利益という観点から見た場合の)外交のバランスを取るのに長けているように思います(注:決して「良い外交」とは言っていません)。

 EUとしてのイギリス、コモンウェルスとしてのイギリス、植民地支配の後も形を変えながら影響力を持ち続け、現在もしたたかに進み行くイギリスの姿が、日常の生活にも見え隠れしているのです。

2004年9月15日

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つづく

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