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世界の医療文化比較 その9
〜アルジェリア・フランス編〜


 1954年に始まって1962年の独立によって終了したアルジェリア戦争は、救急医療における画期的な考え方を生み出した。 トリアージといわれるものである。 これは、フランス軍が限られた医師や医療スタッフと医療器材および医薬品等で最も効率的に最大の生命を救う方法として開発したものである。 次から次へと運び込まれる負傷兵を到着順に治療していたら、後から来た緊急を要する患者に手が回らない。 そこで、負傷兵の状態に序列を付け、@生存の可能性がないもの、 A生命にかかわる状態であり至急の救命救急処置が必要でかつ生存の可能性のあるもの、 B今すぐの処置がなくても生命の危険はないが迅速な処置が必要なもの、 C生命の危険はないが処置は必要なもの等に分けて、Aから優先して治療を行い、次にB、その後にCを行うものである。この方法は生存率を上げるために有効であることが実証され、先進国の多くの救急医療現場で採用されている。 日本でもJR福知山線の脱線事故の際にトリアージが実施され、事故から2年後にNHKスペシャルで取り上げられたことでご存じの方も多い。

 近年のアルジェリアは、国の発展のためにインフラの整備やプラント建設に力を注いでいることはよく知られている。日本からも様々な技術者が渡航し協力をしている。 しかし現在でも重篤な病気やケガに対する対応力は不十分であり、必要な場合にはフランスに頼っている。 数年前の夏、アルジェ近郊でプラント建設に携わっていたAさんは、作業中建設機械が予期せぬ方向に傾き高圧送電線に触れたため感電し大やけどを負った。 すぐに救急車で市内の病院に運び込まれたが、高度な医療が求められるAの状態であったためアルジェリア国内での治療は無理と判断された。 このため応急処置を加えた後、チャーター機でパリに運ばれ私立の高度救命救急病院に入院した。 流石に旧宗主国との間の医療支援体制はスムーズであり、パリ市内での十分な体制と施設器材に恵まれた病院で治療を受けた結果、Aさんの状態は次第に安定し快復に向かった。 しかし全てがスムーズにいったわけではない。大きな問題は治療費であった。

 Aさんは、会社が包括で加入した海外旅行保険の証書をもらっていたが多忙のため保険金額を確認せずに赴任していた。 実際の契約保険金額は治療費300万円、救援者費用300万円であった。 しかし医療チームが付添ったアルジェからパリまでの緊急搬送で350万円を要し、応急処置の費用もあり、既に保険金額は残り少ない。 幸い会社が労災保険の海外派遣者特別加入の手続きを行っていたので、パリにおける治療費は日本の労災保険で対応することになった。 しかし請求額を見た会社担当者は驚いた。 120日あまりの入院の室料が合計約240,000ユーロであり、日本円で4千万円近い巨額になった。しかもこれは病室の料金だけである。

 入院1日当たり30万円と聞くと驚くかもしれないが、外国人向けの医療費としては通常の額といえる。 ようやく日本に帰れるまでに回復したAさんは、日本に帰国入院し、パリでの治療費は会社が全額支払った。

 その後、会社が治療費を労災保険に請求申請を行った。 すると労働基準局から、入院費の1日当たりの金額の根拠が不明確で支払い手続きができないと通告してきた。 
欧米で一般的な『オープン ・ クリニック』のシステムでは、病院が一般のホテルのような存在である。主治医が患者を入院治療要と判断した場合には、主治医が契約している病院から施設・病室を借り看護師等スタッフの派遣を受けて、主治医が自らその施設を利用して治療を行う。また、専門医の治療が必要な場合には主治医と契約している専門医が来てそこで治療をする。 オープンクリニックの制度のもとでは、診察料等医師の技術料は医師から患者に直接請求され、検査や医薬品もそれぞれの検査機関、薬局から患者に直接請求される。病院の室料は病院から患者に直接請求される。 また、病室の単価は病院が独自の判断で決める。 もちろん医師の技術料も医師によって異なることは当たり前である。 フェアの概念が日本と異なり、医師が患者ごとに治療費の単価を変えてはいけないことがある。 つまり、『金持ちからは高額の治療費を取り、貧乏人からは全く取らない、いわゆる赤ひげ先生』は、許されない。一定の料金を設定したら誰にも同一の料金で請求することが求められるのである。他の病院と室料の単価が異なることは全く問題にされない。

 これに対して日本では、国民皆保険であり全ての単価がどの病院でも同一基準で決まっている。 点数制で1点単価が10円とされ、健康保険を持っていない外国人の自由診療でもその点数制に基づき、1点単価が20円になる程度である。

 医療文化でいうと、日本の人は日本の方式に慣れているが、現地の医師や病院は日本の方式を知らない。日本の労働基準局の担当官も当然に日本の方式で考える。入院室料に関しては、大部屋の単価、二人部屋の単価、個室の単価等で基準を考える。そのため、どこの病院に入院しても同様の部屋であれば同じ単価となる。先の労基の担当官がフランスの方式に納得できず、病室の一泊30万円の単価の根拠を示せというのも当然である。しかし、根拠はない。定価を勝手に定めただけであるし、それが許される現地の環境である。 

 過去の健保や労災に請求した海外事例を見ると、医師の技術料や医療器材、医薬品の単価も日本の点数が基準となり算定されるため、払い戻される金額は、実際の支払額とかなり差があるのが通例である。 本件の最終的な結論がどうなったかは未確認であるが、海外旅行保険に加入していた場合であれば、これらの入院費や医師の技術料等治療のために必要な費用は保険金額まで全額当然に支払われる。 海外の環境を熟知しそのために作られた海外旅行保険であれば医療文化の違いが支払いの障害にはならないのである。 このようなそれぞれの保険の機能的違いは未だに、余り知られていない。

2008/1/25

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