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これまで先進国や開発途上国の具体的事例を通して、患者が受ける医療の文化的背景と違いを見てきているが、今回は先史時代に近い生活をしている人たちの、経験的あるいは呪術的医療の存在について報告したい。 京都大学医学部大学院東南アジア研究所で開かれた『近畿熱帯医学研究会』で 浜松医科大学の佐藤弘明教授による『アフリカ熱帯雨林における地域医療』と題する講演が行われた。 コンゴ共和国とカメルーンにわたるBaka族(ピグミー族:但しこれは蔑称であり使用しないとのこと)の民族医療を調査されたものである。 熱帯雨林地帯の狩猟採集民族であるBaka族は現在多少農耕を行う例も見られるが、周囲の農耕民族とは離れた生活を行っている。 焼畑に従事していても近隣の農耕民とは異なる社会・文化を守りながら、熱帯雨林に依存した狩猟採集生活を送っているという。 この民族の中にも原始的な医療や呪術的なものがあることは想像していたが、これが研究者の科学的考察の中で『民族医療』として研究対象とするほどのものであるらしい。 コンゴ共和国とカメルーンにある熱帯雨林地帯には病院がいくつか点在するものの、アクセスは徒歩だけ、その上距離的にも50Kmから200Km程度離れており、病人にとっては行くだけでも大変である。 これらの病院は医師が一人にパラメディックが何人か付き、ほとんどの患者はパラメディックによる診察だけが行われる状態である。 医療器材も極めて不足し、薬局は医薬品の空箱の山があるも中身がなく、閉鎖されて久しい状態という。 また、現金を持たない民族にとって病院に行くことは大きな経済的負担である。このような環境の中で、彼らはケガや病気を彼らの中で診断し治療を行いながら民族の生存と子孫を守ってきている。 従ってその民族医療はそれなりに有効性が認められるのだそうだ。佐藤先生によると、乳幼児の死亡率は200〜250/1,000人とのことで、日本が3/1,000人であることから日本とは比べ物にならない。この数字から、クワシオルコール等カロリーは足りてもたんぱく質の摂取が足りない子供が多く見られることや、マラリアや風土病が影響していること等により厳しい環境で生存していることが窺われる。 民族医療として主要な治療法は、@瀉血とそこに植物由来の薬を擦り込む方法、A薬草の服用、およびB浣腸療法である。瀉血は、剃刀で複数の短い数ミリから1cmまでの平行線を引くような傷を付け、薬草を炭にした粉を擦り込む治療である。瀉血が目的で傷を付けるのではなく薬を擦り込むことが目的で傷を付けるように見える。また、傷を付ける部位は、病気によって決まっておりアトランダムに付けるものではないという。呪術的祈願を目的にした部位は手首、手の甲、足首等があるそうだが、それ以外は医療行為であるという。 次に薬草の服用は古くからどこの民族にも見られる治療方法であり、このような民族医療に文字文化を持つと漢方のような発展を見るのであろう。また、浣腸については、先生も具体的に確認はされていないそうだ。 この話の中で、ケガの症例写真も複数見たが、その中で足首の傷が直径3cmほどの潰瘍状態になっている少年がいた。これに対して洗浄消毒や縫合、および抗生物質の投与等をしたのか質問をしたところ、彼らの日常で可能な治療方法の中で支援してやることが重要であり、抗生物質の投与などは控えなければならないという。 外務省の現地医務官と相談してアドバイスを受け、このケースでは『イソジン』だけを使用したという。 この『現地の少ない医療資源の中で、民族医療を地域の衛生システムに統合していることを尊重し、先進国の医療をそのまま押し付けることは有害と理解すべき。』との考え方は、極めて熟慮された考察姿勢である。彼らは、先進国の医薬品を有効と理解しつつも、民族が伝えてきた医療を高く信頼し大切にしていることも事実である。 これを変えてはならないのである。 しかし、時には彼らの習慣が科学的考察の障害になる例もある。公衆衛生学の観点から乾燥地帯に生きるブッシュマンを調査しておられる関西医科大学の西山教授によると、民族的ルーツを調べるためDNAを入手しようとしても、髪の毛や糞等を人に渡すことは「呪いをかけられる。」と拒否することがほとんどであったと説明があったが、熱帯雨林地帯に生きるBaka族も同様であるという。乾燥地帯でも熱帯雨林地帯でも呪術的な物の考え方は似ていることが興味深い。医学とは別に医療を文化としてみると、人の生活と医療は密接に影響しあっており、又、民族医療の有効性は経験則から歴史を積み重ねることにより次第に取捨選択され精度の高いものになって維持されていくものといえる。 現代の医学に発展する前の先史段階としての存在意義を知り、違いを多方面から評価して短絡的な結論や否定を避ける姿勢が重要であることを再度認識した次第である。 2008/3/5 |
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