後期高齢者医療制度ではフリーアクセスを禁止し、かかりつけ医への受診を強制している。また、医療費も出来高払いと人頭割の組み合わせで支払うこととして物議をかもしている。しかし、今の日本の医療は、国民皆保険で、混合診療(一部を健康保険を適用し、その他を自由診療とする)を禁止しており、その診療報酬は出来高払いである。 また、誰もが、いつでも、どこの医療機関にでも受診できるフリーアクセス制を採用しており、軽症患者にとっては便利であるが、軽症の患者がたくさん高機能病院に行くと緊急を要する患者が、必要な時に必要な医療を受けられない弊害が発生する。医師は受診を希望する患者を拒否することが許されないため順番にこれらの軽症患者の対応をしていると、急を要する患者の対応に支障が出る。フリーアクセスとほぼ受付順に診察を受けられることに慣れている日本人にとって、欧米で医師の診察を受けようとすると、ときに違和感を覚えることがある。 パッケージツアーでツェルマットから列車でジュネーブに着いたAさんは、湖の岸からあふれそうな水面が眼下に見えるホテルにチェックインし、午後は散歩を楽しんだ。高級時計のふるさとであり、日本では売られていない時計を購入し、楽しい思い出だけが残る旅になるはずであった。しかし、汗ばんだ後さっぱりしようとバスタブ一杯の泡で入浴して、気分よく立ち上がった途端、滑って左わき腹をその縁に打ち付けた。あまりの痛さに呼吸ができず動けない状態であった。ようやく電話のところまで這って行き、添乗員Tさんに助けを求めた。Aさんは、往診を希望したが「骨折していたら大変だから。」と心配するTさんの説得に従い、海外旅行保険会社の現地サービスデスクに助けを求めて、その担当の手配によりタクシーで海外旅行保険のガイドブックにある総合病院に運ばれた。通常は General Practitioner(開業医)による予約診療であるが、このような時は総合病院のER(救急外来)で治療を受けるしかない。受付で所定の用紙を記入し、看護師からトリアージに必要な問診を受けた。患者はそれほど多くなく、待ち時間が長くなるとは思えなかったが、後から来た患者が先に処置してもらっているし、1時間経過しても呼ばれない。Aさんは不安と憤りで保険会社の担当に「後回しにされている。なぜ!」と詰め寄り、「気分が悪くなってきている。なんとかしてほしい。」と訴えた。担当は看護師にAさんの体調を説明し、ER内の空きベッドを使用させてもらうことにした。 その後30分程して診察室に呼ばれ、医師の診察の結果、肋骨骨折の疑いでレントゲンとエコー検査とを受けることになった。この検査の待ち時間も長かったが、Aさんは先のベッドで、眠りながら待つことができたので問題はなかった。 3時間余り経過した後、満面の笑みで現れた医師は、「Good News! No problem.」と言いながら、湿布薬の処方箋を渡し、Aさんに握手して爽やかに立ち去った。Aさんは、骨に異常がないことで医師から握手されたことと、そのフレンドリーな対応とに驚いたが、診察の順番を変えられたことや長く待たされたことに対する不満とを考えると、素直に納得できない思いであった。 日本ではフリーアクセスといわれる、患者が初診から任意の専門医や病院での診察が受けられる制度がある。しかし、欧米では、診療科目を問わず初診を担当する General Practitioner や Family Doctor の役割と、専門医や病院の役割が明確に区別されており、勝手に専門医や病院に行くことはできない。また、総合病院の救急外来は先着順でなく、トリアージという重症度による区分に従って治療の順番が決められる方式である。 従って、治療が遅れても生命に影響がない程度と判断されたAさんは、それより重い段階の患者さんの治療の後に診察を受けることになったのである。最近の日本もJR福知山線の脱線事故等災害医療ではトリアージを導入するケースがある。現地医師に聞くと公立病院のERで軽症と判断された場合には、10時間程度待たされることは珍しくないとのことであった。Aさんの不満は、医療文化の違いが原因であった。 以上 2008/9/25 |
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