リンパ管フィラリア症
いろいろな種類のカに媒介され、リンパ管が腫れ、慢性になると象皮病を起こす可能性のあるリンパ管フィラリア症
この寄生虫性感染症に感染している人数は世界中で1億2000万人位と推定され、各種のカに繰り返し刺されると発病します。
足や陰嚢のリンパ管が腫れ、症状が進むと、いわゆる象皮病の症状を示すに至り、昔は日本でも南の地域で時々この感染症の患者がみられたようです。
現在リンパ管フィラリア症に感染し易い地域は;
サハラ砂漠より南方の熱帯アフリカ、エジプト、アジアの南部、南太平洋諸島、ブラジルの北東部、アマゾン河流域、ガイアナ、スペイン領のカリブ海諸島などといわれています。
この寄生虫性感染症には現在のところ「予防接種」「予防内服」共に存在しませんので、カに刺されない工夫(マラリアで述べた)が大切です。この感染症を媒介するカはマラリアのように一定のカだけでなく、ハマダラカ、イエカ、ヤブカなど、あらゆる種類のカによって媒介されることが判っているので、以下に各種のカの習性を示します。
|
表 感染症を媒介するカの習性
- |
ハマダラカ
(Anopheles) |
イエカ
(Culex) |
ヌマカ
(Mansonia) |
ヤブカ
(Aedes) |
人を刺す時間 |
夕方から夜明け
までの間 |
夕方から夜明けまでの間 |
日没の直後から
夜明けまで。
森林の中や曇った日は日中でも刺す |
夜明け少し前から、
夕日が落ちるまでの間1) |
日中屋内での
隠れ場所 |
壁の表面、天井裏、家具のかげ、ベッドの下など |
かけてある衣類など、室にぶら下がっている物にとまることが多い |
日中屋内にはいない |
衣類などにとまることが多い |
カの発生する場所 |
小川、水田、プール、井戸、水たまり、用水路、湖、貯水池その他きれいな水の中 |
下水、どぶ、浄化槽し尿層、井戸のそばの排水のたまり、水がめ
など。
発生源は町や市に多いが、田舎でも発生する |
湿地帯、沼や池など水生植物のあるところで発生 |
家の近くの湿地やプール、屋内の花瓶の中の水、水がめ、植木鉢の受け皿、庭の小さな水たまり
(空き缶、空ビン、ヤシの実のから、木の穴などの水)、ドラム缶や古タイヤにたまった水、詰まったトイにたまった水など。卵は水がなくなっても長く生きていて水がたまると、カになることがある |
カの特徴 |
翅に、はんもん(まだら)がある。壁や人の皮膚
にとまる時、尾部を頭より高くしてとまる2) |
翅に、はんもん(まだら)なし
とまる時、尾部と頭を、とまる面に平行にしている |
翅に、はんもん(まだら)なしとまる時、尾部と頭を、とまる面に平行にしている。脚に輪状のしま
がある。刺されると他のカより痛い |
翅に、はんもん(まだら)なしとまる時、尾部と頭を、とまる面に平行にしている |
1) 夜間に人を刺すものも、例外的にある。
2) スリランカ、インドの大部分、イラン南部、アラビア半島の東岸では、イエカその他のカ類のように尾部と頭を
壁や皮膚に平行にとまるハマダラカがマラリア媒介カの1つとなっている。 |
アノフェレス Anopheles
|
キュレックス Culex |
マラリアを媒介するアノフェレス(ハマダラカ類)と他の伝染病を媒介するカとの区別。
・上に示してある昆虫の図はそれらの形態を示したもので、実物大ではありません。
|
|
|
リーシュマニア症
蚊帳の目を通る小さなハエが媒介する
リーシュマニア症(Leshmaniasis)
リーシュマニア症は、この病気を起こす寄生虫性病原体を持つ、ヒト、イヌその他の哺乳類からサシチョウバエ(別名 砂バエ)と呼ばれるハエの一種が、哺乳類と人との間に病原体を媒介する結果起きる感染症で、皮膚に慢性の潰瘍を起こす皮膚リーシュマニア症と、骨髄、肝臓、脾臓などが侵される結果、肝臓、脾臓が大きくなり、熱帯熱マラリアや敗血症のように不規則な高熱の続く内臓リーシュマニア症(Visceral Leshmaniasis)別名カラアザール(Kalaazar)は、ただちに治療を行わないと死亡するおそれがあります。
寄生虫性感染症であるリーシュマニア症には現在のところ「予防接種」「予防内服」共に開発されておりませんので、病気を媒介するサシチョウバエの対策が重要で、蚊帳にDEETまたはPermethrinをスプレーし、衣類にも同様な処置をとる必要があり、外出の際は更に、蚊取り線香も使用すると良いと思います。
リーシュマニア症の世界分布
International travel and health ,who,2005 によると、熱帯および亜熱帯地域の多くの国々(アフリカ、中部および南部アメリカ、アジア、南ヨーロッパ、地中海の東部などに広く分布し、特に内臓リーシュマニア症の感染者の90%以上が、バングラデシュ、ブラジル、インド、ネパール、スーダンなどから報告されており、皮膚リーシュマニア症の90%以上が、アフガニスタン、アルジェリア、イラン、サウジアラビア、シリアなどから報告されております。またWHOでは、これらの国の特に地方や、森林地帯に対し十分な注意を促しております。 |
2mm位の小さいハエで、普通の蚊帳や網戸を通ることの出来る毛深いハエです。例外はありますが、主として夕方から夜中にかけて人を刺します。亜熱帯から熱帯地方の乾燥地帯にいる種類のものは、人に皮膚・リーシュマニア症や、サシチョウバエ熱を媒介します。
湿度の多い、インドのベンガル地方、ミャンマー、東シナ海、地中海沿岸(シシリー島を含む)、熱帯アフリカなどの地域では、内臓・リーシュマニア症(カラアザール病)を、熱帯南アフリカ、中部アメリカ、熱帯南アメリカの高温多湿森林地帯で高度600m以下の地域、インド、中東では、皮膚・粘膜リーシュマニア症を媒介します。更に南アメリカのアンデス山脈の西側、800〜3000mの高地にある渓谷では、バルトネラ症を媒介し、この地方に来る外来者の殆どが、この伝染病に感染すると言われています。この湿度の多い場所にいるサシチョウバエに媒介される病気の流行は、雨期の終わった頃に始まります。カのところで述べた予防法はすべて応用できます。 |
|
オンコセルカ症
以前の報告より、世界に広く分布している
オンコセルカ症(Onchoserciasis)
表C―Uに示した、熱帯アフリカおよび熱帯南アメリカの両熱帯地域に分布しているオンコセルカ症は、ブユと呼ぶハエの一種に刺されて感染する寄生虫性感染症で、感染してから症状が現れるまでに、時に数年を要することがあるといわれています。症状は皮膚の下にこぶのような固まりが現れ、次いで眼球の中に病原体が侵入し、視力を失うことになります。この病気は流れの早い川や小川で、日中ブユに刺されて感染するので、別名,River Blindness と呼ばれ、その世界分布は、以前は熱帯アフリカとメキシコ中部のユカタン半島に限られると報告されていたが、HIIT 2005−2006によると、アフリカ中部の他、小さな限られた地域の風土病として、アラビア半島のイエーメン、熱帯南アメリカのブラジル、コロンビア、エクアドール、ガテマラ、メキシコの南部、およびベネズエラにも分布しているとのことです。このような新しい分布地域が知られるようになった理由は、オンコセルカ症の潜伏期間が長いため、これらの地域から米国に入った移民が米国内で発病する例が多くなったためであると思われます。
オンコセルカ症の予防法は、現在、予防接種も予防内服もありませんので、昆虫忌避剤に頼ることになります。 |
このブユは1〜5mmほどのサシチョウバエと同様に小さいハエです。熱帯アフリカ、中部および南アフリカでオンコセルカ症を人から人へ媒介します。ブユの幼虫は、流れの早い綺麗な川の岩や植物について成長するので、川の周辺に多い特徴があります。しばしば群れをなして飛んでおり、これに近づく人を刺してオンコセルカ症を伝染しますが、繰り返し刺されなければ病気にはなりません。
この病気の分布している地域で、滝の下に出来たプールなどに入るのは最も危険です。ブユの類に刺されると、アレルギー反応で両瞼が腫れて目が見えなくなることがあります。人によってはショックをおこし死亡する場合もあります。ブユは日中だけ刺します。
ブユに対しては、防虫剤と長袖、長ズボンの着用が必要です。この昆虫は、衣服の襟、袖の中、ズボンの中に入ってくることがあるので、露出したところの他、このような部位にも昆虫忌避剤をつけておきましょう。 |
|
アフリカ・トリパノソーマ症
(African Trypanosomiasis)
アフリカ東部と西部の2種類に分かれ、その寄生虫病原体も似ていますが全く同じではありません。
発熱、刺された部位の発赤、局所のリンパ腺の腫れなどを起こし、1〜3週後に、脳症状を起こします。アフリカ東部のトリパノソーマ症は特に急性で治療をしないと死亡します。ツエツエバエは自動車や目立つ色の衣服を襲う習性がありますので、周囲と余り違う色は避けるべきです。また少し厚めの衣服も通して刺します。昆虫忌避剤もあまり効果がありません。予防接種も予防内服もありませんので、ツエツエバエに刺された場合は出来るだけ早く医師に診療をうけることが大切です。
この感染症は、南アフリカの北部からアルジェリア、リビア、エジプトの南部に至る地域に分布しており、WHOの推定によると年間25,000から45,000人の感染者が報告されております。
ツエツエバエの多い地域は現地の住民が良く知っているので、現地住民から情報を得ることが非常に重要です。
|
|
アメリカ・トリパノソーマ症 (Chagas’)
サシガメ(Conenose bug またはKissing bug と呼ばれる)に刺されたり、その糞に触れたり、或いは輸血、臓器移植や胎盤を通して母子感染する寄生虫性感染症です。
メキシコ、中部および南部アメリカ大陸に分布しており、世界では約1400万人の感染者がいると推定され、約15〜30%に症状が現れているものと考えられています。
サシガメは、木の粗末な家屋で、木の幹の間を塞いでいる泥や土で出来ている壁の隙間に隠れており夜間に出てきて人を刺したり、糞を残してこれに触ると感染します。
従ってこのような家屋に寝ることはこの病気に感染する危険があると言えます。
血液から出来ている製品、例えば、ガンマーグロブリンやその他の血液製剤と共に私たちの体内に侵入する可能性があります。十分な検査に依って安全性の確認されていない血液製剤を使用することは大変危険です。
通常は症状を示しませんが、時には刺された部位が腫れ、5〜10%は発熱、脳脊髄膜炎、心筋炎のどちらか、または両方を示すことがあります。無症状の時期に次いで、急性症状を示し長期間続くことがあります。また感染してから10〜40年後に消化器官の肥大を起こすこともあります。
|
ハエ類の習性
- |
サシチョウバエ
Phlebotominae
Sandflies |
ツエツエバエ
Glossina
Tsetse Flies |
ブユ
Simulium
Black Flies |
アブ
Chrysops
Gadflies |
人を刺す時間 |
主として夕方から夜中にかけて1)。日陰では日中でも刺すことがある |
日中に人を刺す。
どんより曇った日には人を刺すことが少なくなり、日没後はほとんど人を刺すことはない2) |
ブユの繁殖する川に近づく(2〜3km以内)人を日中屋外で刺すが屋内には入ってこない |
地上で動くものや、煙の出ている所に集まり、日中特に朝と夕方によく刺す
|
かくれている主な場所 |
暗く、湿度の高い場所で、日中は、家の内外の暗い隅や割れ目、便所のつぼの中、石壁の割れ目、木の穴、泥の中、洞穴、動物のいる穴、白アリの塔の通気孔など |
日中は、植物の多い所の、地上から1〜3mの直径2〜5cmくらいの木の、枝や、湖や川に沿ったしげみで、遠くのよく見える場所にかくれている |
アフリカの大草原や森林。アメリカでは750〜1500mの高地にあるコーヒー園など |
アフリカの森林湿地帯内 |
予防法 |
昆虫忌避剤3)殺虫剤4) |
昆虫忌避剤3)
殺虫剤4)
厚い明るい色の布地
の衣類 |
昆虫忌避剤3)長袖、長ズボン |
厚い衣類
火をたかない
(昆虫忌避剤はあまり効果がない)
|
1) ブラジル北部に分布しているサシチョウバエは、日中に人を刺し、皮膚・リーシュマニア症を感染させる。
2) 遠くが見え、大きな動く物体(例えば自動車、列車、舟、動物や人)に近づく習性がある。ツエツエバエのいる地域では、自動車で移動する時でも窓を閉め、ときどき殺虫剤を車内にスプレーして、時間をおいて窓を開けて、空気を入れる。 |
|
ロア糸状虫症(Loiasis)
別名 Eye disease of Africaとも呼ばれ、熱帯アフリカだけに存在するFilariaの一種
アブの一種から熱帯森林で媒介される感染症で、刺されてから症状が現れるまでに、通常は数年かかりますが、時には4ヶ月位で症状を示すこともあります。成長したフィラリア(寄生虫)が体内を動き回る結果、皮下に数センチの腫れが現れ、局所の痛みや化膿などが、腕、胸部、顔面などに現れやすいと言われています。また、時には眼球に侵入することもあり、この点ではオンコセルカ症に似ていますが、ロア糸状虫症は、血液中にフィラリアの幼虫が発見されると言うことです。 |
|
回帰熱(RelapsingFever)
シラミやダニに媒介される細菌性感染症で、2〜9日間発熱、続いて2から4日間解熱するという熱症状を繰り返し、マラリアの項で四日熱マラリアに似ているものとして紹介致しました。シラミ(ころもしらみ)が媒介するものは、アジア、アフリカの東部の高地(ブルンジ、エチオピア、スーダンなど)、中部アフリカの高地、および南アメリカの高地などです。ダニが媒介するものは、熱帯アフリカの全体、インド、ポルトガル、サウジアラビア、スペイン、北アフリカなどから報告されています。流行の程度については不明です。
予防接種は現存しておりません。対応策は、シラミは衣類を度々洗濯し、電気アイロンをかける。アイロンが無い場合は、やかんで湯を沸かし、そのままやかんの底で衣類をプレスして、シラミを殺す工夫をします。虫よけ薬のところで、Deet を衣類にスプレーする方法を紹介しましたが、ダニに対してはDeet の代わりに0.5%のPermethrin 、または0.05%のDeltamethrinによるスプレーがより有効であると言われます。
なおダニは、一度人や動物を刺して地上に落ち、次の吸血まで数年は生きていると言われますので、ゴルフ場の草むらや、川の堤防にはえている草の中は特に危険です。またダニは一般に、人についてから吸血し病原体を感染させるまでに、少なくとも5時間位を要しますので、ダニのいそうな所や、森林地帯に入った時は4〜5時間以内にシャワーを浴び、衣類を取り替えると被害を避けることができると言われますので、虫除け薬と共に知っておく必要があります。なお、マラリアの予防内服をDoxycyclineで行っている場合は、回帰熱や、後述するペストも予防することが出来るのではないかと思います。
|
|
デング熱、黄熱 (DengueFever、YellowFever)
熱帯地方(熱帯アフリカおよび熱帯南アメリカ)に分布する昆虫媒介感染症のうち、マラリア、リンパ管フィラリア症、リ−シュマニア症、オンコセルカ症、アフリカトリパノソーマ症、アメリカトリパノソーマ症、ロア糸状虫症、回帰熱などは、現在まだ予防接種は開発されていないことは述べました。
デング熱はヤブカにより媒介されるウイルス性出血熱の一種です。感染者の死亡率は通常1%前後です。但しこの感染症が繰り返し起きている地域では、小児のデング出血熱(DengueHemorrhagicFever)患者の死亡率は30〜40%と言われています。
デング熱に感染すると回復に1ヶ月位かかる場合が多いと言われます。都市でも地方でも感染するリスクは同じようです。この感染症が世界的流行(Pandemia)を起こしていることは前に述べました。予防ワクチンは既に開発されていますが、一般にはまだ接種を行う段階に至っておりません。
黄熱はデング熱と同様ヤブカに媒介されるウイルス性出血熱(表B参照)の一種です。
これは元来ジャングルにいるヤブカが、サルの間に病気を媒介して起きるウイルス性感染症ですが、そのジャングルの中に人間が入って感染し、人間社会に戻って、そこにいるヤブカが感染者から他の人へ病原ウイルスを媒介して流行をおこすものです。近年、熱帯アフリカで流行を繰り返していたようです。
デング熱に比べ感染者の死亡率は軽症の場合でも20%、重症の場合は80%を示します。幸い大変有効な予防ワクチンがありますので、熱帯アフリカおよび熱帯南アメリカに旅行または赴任する人達は黄熱ワクチンの接種を受けてから出国することが重要です。
黄熱の予防接種は各地の検疫所に前もって相談し、出国前に他の予防接種の接種プランに組み込む必要があります。
ペストについては表D(ネズミに関係する感染症)で説明いたします。
|
|
2006年10月5日 |