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人は、何か予期しないことがあるとその原因をあれこれ考えがちである。それが正しいか正しくないかは、多くの場合証明がなされないまま時が過ぎ忘れられる。そのあたりが『占い』というものの無くならない理由かもしれない。証明できないものは、否定も肯定もされないためそのままになるが、時には証明されるものもある。
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トルコ在住の駐在員N氏は2月中旬のアンカラの、時には寒さが−20℃にもなる中で仕事を続けていたが どうやら風邪を引いてしまったらしい。発熱し喉が痛む。空気が乾燥しているから夏は気温40℃にもなるが、その割には過ごし易い。どちらかというと我々日本人は冬に喉を痛め易いのである。N氏夫人は、市販の風邪薬を買ってきてN氏に飲むように言った。N氏は、トルコ語表示の説明を読み始めたが面倒になり、3〜5錠と書いてあるのを一瞥し5錠を飲んだ。しばらくして気分が益々悪く、貧血を起こしたような状態になり救急車で市内の病院に運ばれた。診察の結果、アレルギーがありショック症状を起こしたとのことで入院となったが、治療を受けて順調に回復していった。ところがその5日後、N氏は病院内で脳出血を起こし重篤な状態となった。脳幹に近いところで発症し 出血量も多かったため医師の懸命な治療にもかかわらずその4日後、帰らぬ人となった。 |
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N夫人は、元気なご主人が突然亡くなられたことについて、夫人の勧めた風邪薬が原因ではないかと思い悩み自責の念もあって大変なショックを受けておられたが、大学生のご子息の支えを受けて耐え、その後は全て保険会社の緊急対応手配により、ご主人とともに帰国をされた。初七日も過ぎた頃から、『考えれば考えるほど残念であり、原因はあの風邪薬であろう』と思えてならないN夫人であった。保険会社では、正確な原因を知るためこれに協力をし、結果的に夫人の疑問を解くこととなった。夫人の疑問は、『最初の市販薬は、アスピリンと書いてあった。これは、ピリン系の薬に違いない。そのためアレルギーショックを起こしたのだ。それに、アスピリンは、「坑血栓薬としてエコノミークラス症候群の予防に効果がある。」と有名な日本の医師が講演会で言っていた。だから脳出血もアスピリンの所為に違いない。』との2点であった。 |
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調査の結果、このアスピリンは、『・・・ピリン』という名前のため、一般的には飲むとアレルギー性ショックを起こす人が多いピリン系の風邪薬(解熱・鎮痛剤)のピリンと思われることが多い。しかし、ピリンと呼ばれる「スルピリン」や「アミノピリン」とはまったく別の「アセチルサリチル酸」であることが解った。医師の説明では、成分の化学式が全く違うものであり、但し効果についてはほぼ同じとのことであった。
次に『坑血栓薬で、血液をさらさらにし過ぎて脳出血が発生したのではないか。』との夫人の疑問について、主治医は、「確かにアスピリンが血小板の凝集を抑制する効果はあるが、一度服用しただけで、5日経過した後に脳出血を発症している本件ではそれが原因とはいえない。」と因果関係を明確に否定した。この結果を夫人に報告し奥様に責任があるものではないことを説明し、併せて保険金をお支払いして本件は終了した。 |
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アスピリンは、19世紀末にドイツの製薬会社のフェリック・スホフマン氏が、初めて化学的に合成したアセチルサリチル酸で、もう100年以上も使われている薬であるという。もともとはギリシャの医師であるヒポクラテスが柳の木の皮を煎じて飲むような使い方をして熱や痛みを軽減するようにしていたそうであるが、この薬用成分がアセチルサリチル酸であり、その純粋なものを合成することが出来たことにより、解熱・鎮痛から心筋梗塞や血栓症のひとまで多くの人々を救ってきた医薬品であるという。
本件ではN夫人の思い込んでいた因果関係を明確に否定できたことで奥様の心の苦しみを解消することが出来て、同時にアスピリンの濡れ衣をも晴らすことが出来たのである。 |
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