神社仏閣に参詣に行くと、家内安全・無病息災を祈願することが多い。しかし現代は、平穏無事なこと自体特別なことと思っていなければいけない世の中である。否、人類が誕生してから今日まで平穏無事なこと自体が異常な瞬間で、常に危険と隣り合わせであったと考えるべきかもしれない。
R氏夫妻は、休暇をハワイでゴルフを楽しみながら過ごそうと親友のY氏夫妻を誘い、航空会社、ホテル、毎日の各ゴルフ場を指定して旅行会社に手配依頼をして出発した。近年、R氏の勤める会社もY氏の会社もコンプライアンスの観点から全社員に年一回の長期休暇取得を強制した。このことが月曜日から金曜日までの休暇を可能にして、今回のハワイ旅行は7泊9日の予定であった。
ホノルル到着後、毎日を楽しく過ごし、5日目は、ハワイ島のゴルフ場でのプレイであった。溶岩の原野の中に土を運んで造ったゴルフ場で、日本では見られない風景である。OBになったボールは絶対に拾えないほどのごつごつした黒い溶岩に囲まれた造りで、コースのフェアウェイとラフだけに芝が生えている。かなり緊張感の高い状況となっている。スタート時にはサンドウィッチやコーラなどを買い込み各々のカートに積み、腕自慢のR氏とY氏は普段にない高ぶりを感じながらスコアを伸ばしていった。何ホールかの後、先にY氏夫妻がカートで先に進み、カート道の下り坂の途中で止めてY氏がカートの真後ろに立ってクラブを取り出していた。そのときに事故は起った。
R氏は、運転するカートのスピードをあげY氏を追いかけてカート道を登り、下りに入って視界が開けたところですぐ前方に停っているY氏のカートを発見した。R氏は急ブレーキを掛けたが・・・。「ドーン!」という鈍い音とともにR氏のカートがY氏のカートに追突した。Y氏は間に挟まれたのである。
ゴルフ場のマーシャルの手配で救急車が到着し、Y氏がS病院に運ばれた。しかし、両下肢の骨折で、特に左は頚骨腓骨開放性粉砕骨折であった。このため、右頚骨骨折については観血手術でボルト固定を行い、左は5時間をかけて、デブリードマンといわれる傷の洗浄消毒を行い骨片を整復して創外固定を行い手術が終了した。開放性のため傷の細菌感染が心配されたが、幸いにして抗生物質の投与が功を奏して骨髄炎の発生は抑えられた。経過が落ち着いた段階で、日本の病院まで米国人パラメディック付き添いで帰国搬送を行った。両足の骨折であったため、リハビリの開始が遅れ、4ヶ月ほどの入院をした後退院した。その後通院治療を続けたが、後遺障害は残った。負傷してから180日間の治療費用と緊急移送・帰国搬送費用、帰国後の治療費用等は、Y氏の海外旅行傷害保険から支払われた。
今年になって、Y氏は弁護士と相談し、損害が余りに大きいのでR氏に損害賠償請求を行うとして、東京地方裁判所に申し立てた。R氏は、そのまま済むとは思わなかったが突然訴状が来て愕然とした。『親友同士でなぜ?』との疑問が湧いたのである。しかし、Y氏としてもそのままで済ますには損害が大きすぎ、また、親友であるため直接争うことは避けたかったのである。
これがお互いの最善の選択であろうし、今後一般的には、友情とは別に損害賠償請求を扱う米国流の対応事例が増えていくのではないかと推測させる事例であった。
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