【Fami Mail】 特別寄稿連載  
 
『噛めば噛むほどYale − 胸の高さで見た景色』
〜目次〜 イェール大学留学記
*題名について
Yale University(イェール大学) 林学及び環境学スクール
環境科学修士&開発経済学修士
大司 雄介
<最終回>困難を前に、希望を胸に、友と共に

 2004年5月24日、エール大学第303回卒業式がとり行われました。
 エール大学の卒業式は、Graduationとは呼ばれずに、Commencement(始まり)と呼ばれています。そうです、文字通り、卒業生にとってはこの日が始まりの日なのです。
 卒業生は皆、お馴染みのガウンにキャップをつけます。
 しかしFESの学生はそれだけでなく、キャップにデコレーションをするのが伝統になっています。皆、各々のキャップを『グリーン』に飾り付けるのです。
 この日は、FESの学生が、自分たちの誇りと信条をアピールできるまたとない機会なのです。
 石油タンカー事故による生態系破壊に警鐘を鳴らす装飾もあれば、リサイクルの促進を訴える装飾もあります。
 しかしそんな中でも多いのは、ブッシュ大統領の政策への批判です。

 実は卒業式の随分前から、ブッシュ大統領が卒業式に登場するのではないか、という噂が流れていました。
 それは彼自身がエール大学の卒業生というだけでなく、彼の娘が今年、エール大学を卒業するからです。
 しかし直前になって、卒業式ではなく、前日に大学を訪れて学校関係者と会談をするという情報が流れました。
 そこでFESの学生は、協力して大きな垂れ幕を作り、FESの建物に貼り付け、大統領へのアピールをしたのです。その垂れ幕にはこんなメッセージが書いてありました。Uproot Bush, Plant Justice(ブッシュを引っこ抜いて、正義の木を植えよう)。

 政治に対する意見や、政治家に対する賛否は各個人で異なります。そして我々はそうした他人の意見を尊重しなければなりません。
 しかし多くのFESーの学生にとって、ブッシュ大統領の政策の多くは、決して容認できるものではないのです。
 彼の環境政策は、もし彼の政策アジェンダの中に環境政策と呼ばれるものがあるとするならばの話ですが、あまりに独善的で目先の『金銭的』利益しか眼中にないように見えます。
 彼の外交政策は時に、同じ星の上に住む隣人を無視しているかのように見受けられます。
 FESの学生のこうした思いは、ブッシュ大統領の大学訪問の翌日も残っていました。
 卒業式の日の朝、学校に行くと例のメッセージがシールになってたくさん用意してあります。『ブッシュを引っこ抜く』ことに賛同する学生は、そのシールをコスチュームの上に貼り付けるのです。僕を含め、多くの人がそのシールを貼り付けて式に参加しました。

 卒業式の会場で、僕は周りを見回してみました。見慣れた顔ばかりです。ともに学び、語り合い、酒を飲み、生活を共にしてきた仲間たちです。
 それぞれの仲間が、それぞれのアプローチで、共通のゴールに向かって進んでいます。環境の保全、途上国の発展というゴールへ。それはすなわち、声を持たぬものたちの置かれた状況を改善することに他なりません。
 僕の一番の友達のブライアンはアメリカにおけるUrban Sprawl(都市が郊外へ郊外へとひろがっていく現象。郊外の環境破壊、車社会の促進をもたらす)を止めようとしています。
 同じ日本人の同期生、ケンは産業界と環境のより良い関係を築こうと努力しています。
 いつも一緒にサッカーをしていたエイヴリーは、アマゾンの森林破壊の原因を突き止めるために卒業後にブラジルに行き、現地の農家を対象にリサーチを行います。
 ベスは水資源を最適に利用するために、下水道に潜り込んで汚水をサンプリングしています。
 一見、それぞれ全く別なことをやっているように見えますが、結局のところ、僕たちが究極的に求めているものは同じなのです。


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  卒業式が間近に迫ってきた時期、僕はFESで何を得たのだろう、と考えることが多くなりました。
 恐らく、自分が納得できる何かを確認したかったのでしょう。
 冷静に判断してみると、それなりの『専門性』と呼べるものも身に付けました。
 これは僕が今後、どのような世界に出て行くのであれなくてはならない財産だと思います。

 しかし同時に、僕はFESのカリキュラムに多少の不満を持っていました。FESは、将来、環境の分野でのリーダーを育成するために、学生に色々な種類の授業を履修させます。
 科学に始まり、化学、経済学、法学、文化人類学、森林学にいたるまで様々です。しかしその結果、どれもが中途半端で終わってしまう恐れがあるのです。
 その思いを、友人の一人と話し合ったことがありました。すると彼は言いました。「リーダーっていうのは、たくさんの人々をまとめるために、色々なことを少しずつ知っていないといけないのだと思う。
 『環境保護』と一口に言っても、実際に現場で植林活動をする人もいれば、オフィスでそうした活動のための資金調達をしている人々もいる。
 そういう異なる分野の人たちをまとめるためには、やっぱり、一つの分野だけ知っているよりも、幅広い知識が必要なんだと思う」彼は続けました。
 「それに、FESの授業が中途半端、というのも必ずしも正しくないと思う。確かに化学の分野では専門の化学者には勝てないし、法学では法律学者にはかなわない。でも僕らにとって求められているのは、一つ一つを詳細に学ぶということよりも、そのアプローチを知ることなんだと思う。

 例えば、シンガポールの土地1ヘクタールを森林に回復させるプロジェクトをやるとしよう。そのときにまず、何が必要か、誰をプロジェクトに呼ぶべきか、資金がいくら必要か、そういうことを僕らは学んできたんだよ。確かにまだまだ僕らには足りないものはあるけれど、それなりに、社会に出て行く準備はできているんじゃないかな」
 それを聞いたときに、僕は目から鱗が落ちるような思いをしました。
 確かに彼の言うとおりです。僕自身、こちらに来る前は、今と比べると非常に限られたことしか知りませんでした。
 Urban Sprawlが何かは知っていても、それに対してどう対処したらいいのかなど考えたこともありませんでした。また私たちが日々消費している大豆と森林破壊の関係など想像の範疇の外にありました。
 これまでアマゾンで持続可能な方法で農業を営んでいた人々が、現金収入を得るために、森を切り開き、大豆農家に乗り換えています。
 そのためにアマゾンの生態系が急激に変化していっているのです。そういう問題を前にして、「じゃあどうやって森林破壊を止めればいいの?」という疑問にすこしずつ答えられるようになってきました。
 もう少し正確に言えば、そういう質問に対する答えを探す方法がわかってきました。
 必ずしも個々の問題に熟知しているわけではないけれど、ある問題が起きたときに、自分の中にある知識の引き出しを探り、何がその問題を引き起こしているのか、誰がどのような影響を受けるのか、そしてその問題に対処するにはどうしたらいいのかということをシステマティックに分析できるようになったように思うのです。

 そして面白いことに、こうした引き出しの中身の多くは、授業はもとより、友人との日々の語らいによってより充実してきたことです。
 授業で学ぶのは方法論です。しかし周りを探してみれば、授業で習得した技術を実践している学生がたくさんいるわけです。僕のように経済学的手法を使って、環境の価値を測ろうとしているものもいれば、統計学と森林学を駆使して、森林火災と森林の発達の関係を学んでいるものがいます。あるいは文化人類学を使って国立公園周辺の住民の環境認識を学んでいる学生もいます。酒を飲めばそういう話が始まり、食事をすればまたそういう話をするわけです。
 こうすることで、以前は興味さえなかった分野のことも、段々と理解してくるわけです。例えば下水道の汚水の話とか・・・。


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 僕は再び、式場で自分の周りに座っている見慣れた顔を見回してみました。皆達成感と共に、自信に溢れた顔をしています。
 これらの面々は、卒業式が終わり次第世界中に散らばって行きます。そして各地で、共通のゴールに向かって、それぞれのやり方で、活動を行っていくのです。
 僕らの周りに吹いている風は今、決して僕らの背中を押しているとは言えないかもしれません。
 むしろ風は向かい風で、進む先には多くの障害があるでしょう。
 アメリカという国の大統領一人の決断によって、僕らの先人が築き上げてきた土台が一瞬のうちに崩れ落ちることだって実際に起こっています。
 また、僕らは好むと好まざるとに関わらず、資本主義というあまりに大きな潮流の一部になっています。資本主義という怪物が街を闊歩し、生態系を破壊しているにもかかわらず、決してその怪物には逆らえないようなシステムができあがりつつあります。

 しかしたとえ、状況が有利でなくとも、いや、状況が芳しくないからこそ、僕らが頑張らなければいけないのだと信じています。
 今後、世界の様々な困難に立ち向かっていく上で、僕の周りにいる仲間は十分すぎるほどの精鋭たちです。
 こうした仲間が世界の各地で、時に協力し合っていくのでしょう。
 声を持たないもののために

 

マーガレット・ミード
少数の、思慮深い人々が世界を変えられないなどと疑ってはいけない。実際に、これまで世界を変えてきたのはそういう人たちなのだから


2004年6月15日

完 


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